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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
日本通運との団体交渉
前回の続きになります。
>>日通社員は人間扱いされない

夫が亡くなってすぐに(日曜日に夫は亡くなり、翌日の月曜日)退職の書類にサインを求めてくる課長に対してどう対応すればいいかもわかりませんでした。とにかく息子たちの帰国を待ち、以前から会社の相談事をしていた管理職ユニオン関西に夫が亡くなった事を連絡をしました。

管理職ユニオンの人たちもとてもびっくりされ、大変なショックを受けていました。

私たち家族としても夫が亡くなる直前に私に話していた、ホテルの手配ミスの顛末書や担当課長から執拗に行われた電話、そしてイエローカードの内容とはどういう物だったのか?真相を明らかにしたいと思っていました。

管理職ユニオン関西の仲村さんは事態を重く見て、日通に団体交渉を申し入れる事を提案して下さいました、そして日通に団体交渉を申し入れ、後日回答が弁護士事務所から送られてきました。

団体交渉の場所は日通代理人の弁護士事務所で、団体交渉の当日は代理人の弁護士二人と管理担当次長と総務担当の課長が出席しました。イエローカードを送った張本人の課長、退職強要を行った次長共に出席しませんでした。

その団体交渉時に日通側が回答した内容は、

成田転勤になる際に、人事担当次長は夫がC型肝炎を患っていることを知らなかった、大橋氏が成田に転勤になる際に、これに対する不安や不満などの意見は出なかった。

日通航空関西航空支店の次長は、復職のお願いに上がった夫に対して、「会社に迷惑をかけているならこの際身を引いたらどうや。」と言った張本人ですが、回答では大橋氏に対して「退職することにより治療を専念できるのではないか?」という話を一度だけしたと述べています。仮にこの発言だったとしても、復職を希望する社員に対して言う発言としては不適切で「退職勧奨」であります。

そして入院中であるのに有給を使わせていた事について、年次休暇の取り方、傷病欠勤は就業規則に記載されている通りであり、就業規則は事務所に常備されている他、社内ホームページで常時閲覧できる環境となっている、あえて説明を必要としなかった事は当然である、と述べています。

そしてイエローカードについては、担当課長はサッカーきちがいであり自己判断で「イエローカード」という題名を使用していた、メール自体は一通のみので、二通あったのは同じ物が再送信されている可能性がある、しかし内容の開示はできない。

真相を知りたいと思った私たちに日通は会社側には「責任はない」「イエローカードは開示できない」と言い、結局団体交渉は2回行われましたが、日通は当事者を一切出さず、弁護士が対応し回答については「調査したが前回の述べた通りである」という同じ回答ばかりで、真相は闇の中のままでした。

次回は“日通の社長宛に送った手紙”を再公開したいと思います。

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日通社員は人間扱いされない
日通パワハラ自殺からの続きになります。 日通パワハラ自殺

自宅に救急隊員が来た後、警官5・6人が自宅にやってきました。自殺と断定され、自殺の動機や原因を時間を掛けて私に尋問し、詳しく調査をしていました。

私が夫の会社での事情を話すと、警官の方は「会社の方に連絡をした方がいい」と言いましたが、日曜日であった為会社に連絡できず、夫の手帳に書いてあった同僚の方に「夫が亡くなった」事を伝えました。

すると「パワハラ」を繰り返していた当事者の課長から連絡があり、ショックで話すことの出来なかった私の変わりに警官の方が、「夫が亡くなった」と伝えてくれました。しばらくして会社の次長2人と「パワハラ」課長の3人が自宅を訪れました。

その時に、夫が亡くなる直前に問題になったバスとホテルの手配の事について訪ねると、
課長は即答で「基本的ミスはご主人にある」と大きな声早口に弁明をしていました、その弁明振りを見て、「これでは夫も反論も出来なかったのだろう」と思いました。

そして営業次長は夫が亡くなったので「退職ですね」と言い、夫の顔も見もしないで帰っていきました。翌日の月曜日の午前中「パワハラ」課長から電話連絡があり、こういうやりとりがありました。

課長:「今日の17時頃に退職の書類を持って行きます。」
私:「お通夜も葬儀も決めておらず、息子達もまだ帰国していませんので、書類を見せられてもわかりません」
課長:「息子さん達はいつ帰国されるのですか?」
私:「今夜遅くです」
課長:「では明日持って行きます」
私:「お急ぎなのでしょうか?」
課長:「サインと捺印をして頂くだけで結構です。」
私:「ところでホテルの5室の手配は出来ましたか?」
課長:「なんとか取れました」
私:「よかったですね」

このパワハラ課長はしきりに退職の書類にサインをするように連絡してきました。

会社では月曜日に朝、朝礼で「日曜日に大橋さんが亡くなりました」と淡々と言い、特に亡くなった理由や経緯など一切説明せず、「何も聞くな」と言わんばかりの雰囲気だったそうです。

それを聞いて困惑した同僚の方が、直接私に連絡をくれ、事情を知った同僚の方はとても心を痛めてくれ冥福を祈ってくれました。

そして息子たちが帰国した翌日の7日に、夫が遺書を会社に残しているかもしれないと思い、息子たちが会社を訪問する事になりました。その時、夫のデスクのパソコンが起動しており、デスクトップ画面には顛末書があったのを息子たちが確認しました。そして社内メールもすでに起動していて、受信ボックスが開いていたようで、息子二人はその時、メールの受信箱に「イエローカード」というタイトルのメールが2通あったのを確認しました。

夫が生前私に見せてくれた「顛末書」と話していた「イエローカード」が実在すること私はその時再確認できました。

お通夜も葬儀も決まっていない、息子たちも帰国していない、一人の私に退職の書類にサインを執拗に迫ってき、会社では夫の事は一切話さないなど、亡くなった社員やその家族に対して、人として常識から大きく外れた日通の体質を、私たち家族は垣間見ました。

次回は夫の死後、日通との団体交渉について書きたいと思います。

日通パワハラ自殺
前回からの続きです。

夫は転属直後に突然の降格、降給を受けたり、C型肝炎治療の際の「退職強要」などの嫌がらせがエスカレートし、会社から追い込まれていました。しかし夫は以前から「名ばかりの管理職(ヤフーニュース参照)であった為、自分自身を守るため会社以外の「管理職ユニオン関西」に加入するしかありませんでした。

うつ病治療のために入院したのを機に、会社に管理職ユニオン関西の組合員になった事という加入通知を送りました。実際の加入は提出の約10ヶ月前ですが、この通知を出したことによって、退職勧奨がエスカレートするのを恐れ夫は提出をずっと拒絶していました。

すると案の定、会社は夫を別室に呼び、次長を含む3人で「なぜ組合に加入したのか?」と糾問しました。

この夫の行為に対する会社からの圧力はこれだけではありませんでした、突然の社宅退去、早期退職の募集の勧め(マイニュース参照)、しかし我慢強い夫はなんとかうつ病と付き合いながら「治る」と信じ、がんばって仕事と治療を続けました。

その甲斐あってか病状は安定してきました。

2006年秋頃、ずっと夫を心配していた長男から、自分の一時帰国に合わせて、家族旅行を計画していると電話があり、後日旅券と旅費が送られて来ました、しかしそれを聞いた夫は「もう有給休暇が一日も残ってないから、行けない」と言いました、長男は「じゃー隔週の土曜日休みを利用して1泊2日の旅行はどう?」と提案し予定を変更しました。夫は長年アメリカに住んでいる長男の帰りをとても楽しみにしていましたが、楽しみにしていた長男との再会、家族旅行の10日前の11月5日に自宅で自死しました。

その引き金となったのが、10月末の別の社員がした観光バスのキャンセルミスを科せられたり、前任者がしたホテルの手配ミスを知らずに引継ぎ、ホテル5室が手配できず、その責任を追及されました。

直後、上司からの異常な「責任追及」、執拗な「電話連絡」、もう後がないよという内容の2枚の「退場」を意味する「イエローカード」という社内メール、厳しく自分を責める内容の「顛末書」などが行われ、夫はひどく落ち込んで、食事も喉を通らず、ずっとふさぎ込んでいました。

食事もほとんど取らず、土曜日の出勤後には「死にたい」とまで漏らしていました。
私は夫に「月曜日に病院に行こう」となだめましたが、「月曜日はホテルの5室が取れるか、結果がわかるから休めない」と言いました。

翌日の日曜日、朝起きて来ない夫になんとか食欲を持たそうと、ごま油で野菜炒めを作りました、すると部屋から出て来て、数口を食べてました。とにかく食事は少しでも取ったので、少し安心したので、買い物行く事にしました。しかし心配で「すぐに帰って来るからね」と鍵をかけずに買い物に出かけ、息子たちに夫の様子を連絡し、私が出かけている間に、電話してもらうことにしました。

数十分後息子から、自宅の電話や夫の携帯に掛けても応答がないと、私に連絡があり、飛んで自宅に帰宅しましたが、すでに夫は息を引き取っていました。

日通は夫に対して異常なまでの責任追及をし、過大な圧力で責め続け、そして夫は苦しみに苦しむにいて、遺書も書かずに自宅で自死しました。

次回は夫の死後の会社からの対応について書きたいと思います。
日通の年次有給休暇の実態
前回の続きになります。 >>日通からの退職強要

結局元所属した日通旅行へ10年ぶりに返されました。長い間旅行業務から離れていた事もあり、夫はいつも以上に懸命に新しい仕事を覚え、こなしていましたが、復帰直後の職種変更により2005年2月頃から「慢性疲労」がピークに達し、起床後から出社直前まで、ひどい貧乏ゆすりを始め、家の中をうろうろと歩き回る様になり、それが日増しに悪化し、それを心配した次男が3月11日に精神科に連れて行きました。

医師の診察の結果「早急に入院する必要がある」と説明を受け、「鬱病」と診断されました。

しかし、夫は入院を拒絶しました、C型肝炎の治療入院と自宅待機で、前年度繰越分も合わせ最大50日間の有給休暇のうちすでに48日間を消化していたので、残りの有給が2日となっていた為、夫は「会社を休む事はできない」と拒絶しました。

しかし、うつ病は必ず「治る」病気である事、治療の為には時間を掛けて休息する事が大事であると再三の説明を医師から受け、会社への対応としては、「ドクターストップだと説明すればいい、気にせずに休養してはいかがですか?」という医師の提案に応じ、入院に同意しました。

やっと入院できたものの、入院中に保険指導員から会社の人を交え「面談をしたい」と連絡がありました。要求して来たのは「見舞い」ではなく、精神科病棟での「面談」でした。

会社からの新しい脅威に私達はどう対応すればよいのか分かりませんでした。私の対応によって、夫がさらに追い込まれるのではないかという不安と恐怖に、藁にも縋る思いで、病棟内の看護士の方に、事情を説明しアドバイスを求めました。

すると看護士は
「会社は冷たいものですね、医師は患者の味方です、面談は断ってもいいですよ。」
と言ってくれました。断り方がわからないと困っていた私に、看護士の方はさらにアドバイスをくれました。

「療養中なんで、ゆっくりさせてやりたいので面談はご遠慮下さい」と断ればいいと教えてくださいました、続けて「担当医に会社の人間が来たら、医師が対応してくれるように言っておく」と約束してくれました。

その後、私は何とか看護士の方のアドバイス通りに会社からの面談を断る事が出来ました。

この様に、日通は有給休暇の本来の目的である「労働者に十分休んでもらうこと、そして十分充電してもらって、元気に働いてもらう」という主旨を無視しただけでなく、

「有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない」と定めた労働基準法の年休の規定(39条)の義務をまったく果たしていません。
(参照)年休取得者に対する不利益な取扱い

しかし、日通の夫に対する退職強要やパワハラはこれで終りませんでした。

次回は日通のパワハラの実態について書きたいと思います。


日通からの退職強要
前回のブログの続きになります。

日通のC型肝炎に対する認識

C型肝炎の入院治療の申し入れの際に上司から不快感を露わにされ、不当な扱いを受けました。

その後、なんとか入院はしたものの、この件が夫の心に「解雇される」という強い恐怖感を植え付けました、入院中も早期復職しなければというプレッシャーを感じながらの入院生活でした。

しかも入院中は有給休暇を使わされていたので、有給の残り日数を気にしてばかりいました。夫はこれ以上会社を休むとクビにされると思っていため、有給がなくなり欠勤扱いになる事に、非常に強い恐怖感を抱いていました。

退院後、医師の所見を郵送する様に言われていたものの、夫は会社に対する誠意で所見を直接持参し、会社に早期復職のお願いに行きました。

医師の所見を直属の上司に手渡し、業務に対するお詫びをした夫に対してその上司は、前回入院の申し入れの際に言った事を繰り返し言い、

また、「半年通院の必要があるなら仕事にならない。会社に迷惑を掛けていると思うなら,この際自分から身を引いたらどうや」と言いました。

この様に病者に鞭を打つ残酷な言葉を浴びせ、冷酷・残酷極まりない上司は退職強要をあからさまにしてきました、結局その日は、復職に関しての進展はなく、連絡があるまで自宅待機をするよう言い渡された。しかし夫は自宅待機の間も有給を消化させられ、無言の圧力を受け続けていました。

結局自宅待機は約1カ月以上も続く辛い日々でした。

この自宅待機の一カ月の間、夫は会社に自ら連絡しましたが、「今こちらでは他にやってもらう仕事はない」と言われ、私達家族や夫は「解雇される」のではないかという恐怖を感じざるえませんでした。

夫は「解雇」の恐怖と不安に怯える様になり、うつ病を発症しました。

昨年後半は派遣労働者の首切りが社会問題化されましたが、今年は正社員が「解雇」のターゲットになるのではないかと言われています。本文はこちら→[「退職勧奨」にあいまいな返事や感情的になってはダメ]

しかし日通では何年も前から、こういった退職強要が行われていたわけです。

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