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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
寅年生まれの夫は生きていれば2月で満60才になり、定年退職です
妻より。

寅年生まれの夫は2月で満60才になります。生きていれば今頃はもう定年退職の準備。

再雇用(エルダ)制度を希望せずにゆっくり多趣味に余生を過ごしていると想像をすると辛くなります。

夫の自死の日以来、真相を知りたく、何度か日通と団体交渉をしましたが、なんの真相もわかりませんでした。やむをえず提訴していらい、すでに2年半が経過しており まだ判決には至りません。 弱者の私達は司法の場に訴えるしか選択肢ありませんでした。しかし、日通から後押しされたこの訴訟は私達に取っては大きな意味があると思います。

私たちは尊い命を日通に奪われた夫の無念と名誉を晴らす事出来るのでしょうか?

どうか私達の声が裁判官に届くことを祈ります。

子供たちに言える事は、こんな悲しい・悔しい経験があるからこそ幸せと感謝を感じる事ができる。不幸があるから幸せはある。悲しみがあるから喜びが感じられる。山登りの探検家は言っていた、死と紙一重だから生きる実感がある。

本当にそう思います。

私達は沢山支援者の励みと支えがあったからここまで来る事が出来ました。精神力衰える事もなく、健康に気をつけて日通との長い戦いに臨みたいです。

最後に、力と勇気くれた皆さんに本当に感謝したいと思います。

ありがとうございます。
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野田自殺対策担当相が展示会を視察
妻です。

現在働く者のメンタルヘルス相談室主催の「私の中で今生きているあなた」の第10回目の写真展が京阪枚方市駅隣接サンプラザ3号館5階市民ギャラリーで3月13日から18日まで開催されているのですが、先日この展示会にある有名な方が訪問されました。

この展示会については何度か下記ブログの記事で紹介しています。

写真展示会を取り上げた報道記事
「私の中で今、生きているあなた」写真展について
「私の中で今、生きているあなた」展示会が京都で始まりました

そのある方とは野田自殺対策担当相です。野田大臣は新聞でこの展示会の事を知り、近年の自殺状況の実態を調査するために3月14日に展示会場に視察にこられたそうです。

野田大臣は夫の写真パネルの前に立ち、写真を見て、「優しそうな方ですね」とおっしゃいました。私は「夫は会社と家族のために真面目に一生懸命働いた結果、このような残念な命の絶ち方をしました。どうしてそういう死に方をしなければいけなかったのか、事実を、真相を知りたくて、会社に団体交渉を申し入れたり、社長に面談の申し入れの手紙を出したりしたが、会社は弁護士を代役と立て、私たちをまともに相手にしてくれませんでした」と説明し、社長宛の手紙を差し出すと、「読ませてもらいますね」とおっしゃり、手紙を受け取って下さりました。

また、私は「日通は自殺者が多いという事はご存知ですか?」と聞き、野田大臣は「企業の自殺者は多いとは聞いた事があります」と回答されました。さらに私は「私たち一個人で、日通という大企業を相手にするのは大変難しいので、企業の現場で起こっている自殺についての調査は、行政機構を設けて、徹底的に追求していただきたくお願いします」をお願いし、野田大臣は「分かりました。」と力強く回答されました。

展示会はいつもとなく、良い方向に進んでいるという希望で満ち溢れて、他の遺族の方々も戦う勇気が沸いてきたようでした。

最後に、野田大臣は気さくに、「私は内閣府中央合同庁舎第四号館にいますので、遺族活動の方はいつでも訪問ください」とおっしゃって下さりました。

今回は、短い間でしたが、直接野田大臣に訴える事ができ、自分の行っている活動が一つ一つ、身を結んでいっているのだと実感できました。夫が亡くなってから2年以上戦いの日々で心身的に辛かったでしたが、裁判も終盤に差し掛かり、すべての事が一つの節目に向かっているという希望が持て、後少しがんばろう、そういう気持ちになれた日でした。
今日は夫の誕生日です
今日は夫の誕生日です。

生きていれば59才の誕生日です。

後一年で退職で、定年後は多趣味だった夫が、時間に縛られず、自由に趣味に没頭している姿が目に浮かびます。

きっと夫は食事療法を続けて、健康に気をつけ、長生きをしていたんじゃないかと思います。

本当は、もっともっと生きていたかったに違いない。

しかし、日通に37年7ヶ月、一生懸命働いた結果、このような形で生涯を閉じた。

残された私達は、夫の名誉回復のため、第二の犠牲者を出さないために、今も戦っています。日通と戦っていく決意は、未だ薄れていかないばかりか、日に日に強くなっています。たくさんの支援者の方、私達の同じように日通に訴訟を起こしている方と出会い、お互いに励ましあい、力を付けていき、より大きな力とし、信念を貫き、日通に勝つまでがんばっていきたいと思いますので、どうかこれからもご支援お願いいたします。
日通解雇の不安
妻です。

最近は毎日ニュースで 解雇の話題ばかり聞きます。日通の正社員の方たちは、きっと苦しみや不安で、楽しく年も越せないのでないでしょうか。

本当に大変な時代になりました。

来年3月までにたくさんの正社員がリストラされるのではないかと心配しています。

夫は1995年にC型肝炎の感染が指摘され、 左遷されて以来、解雇の不安は常に付きまとっていました。夫は解雇されないように、真面目に、誠実に、善良に、文句も言わずに一生懸命働てきました。有給をほとんど取りませんでした。いや、取れませんでした。なぜなら、申請すると、「なんで休むんだ?」と詰問されたり、少ない人数でシフトを組んでるので、休むと他の人に負担をかけてしまうので、なかなか休みを取れないようにしていました。

2000年に成田にある日通の下請け会社に移転の辞令が出された時、辞めるか転勤か迫られました。その時に同僚の方で辞めて行った方が数人いらっしゃったそうです。その時夫は50才で、私たちには大学通う息子が二人いて、辞めるという選択肢はまったくありませんでした。

しかし、それから苦難の道が始まりました。

日通の場合は解雇という恐怖心で怯えないといけないのは、派遣労働者だけじゃなく、正社員もでした。

経営陣の皆さんも自分たちの家族があるはずです。人の子であり、人の親でしょう。同じ人間を忘れないで欲しい。そして人間の心を持って欲しい。

新聞で掲載されていた若者の言葉です。『いつクビになるのかビクビクせずに人間らしい生活を送りたい。仕事を続けたい』悲痛な叫びでした。若者が解雇の不安を抱えることなく、暮らせる世の中にしていかねばなりません。
お墓参りに行ってきました
妻です。

数日前夫の夢を見ました。

夫は青ざめた顔で廊下の壁にもたれるように立っていました。手首からは血が流れており、私はとっさに「救急車!救急車!!」と叫んだところで、目が覚めました。

私は夫が日通に対する無念さ、理不尽さ、悔しさを私達に訴えるため、そしてこれからの戦いをがんばれと激励するために出てきたのかと思います。

たくさんの方は「人の悲しみや痛みは時が解決してくれる」と言いますが、私達の悲しみや痛みは一向に癒される事なく、まだ私達の心には大きな傷が癒えず残っています。

私は思います。夫は自分が命を立つ原因となった事実が明らかになっていない事、真実が明るみに出されていない事が無念で、安心して天国に行けないのだと思います。

私は父の命日にお墓参りに行き、絶対にあなたの無念・名誉を晴らしてあげるから、心配しないで安心して天国に行って下さいと告げました。

日通は退職強要・パワハラをし、夫を追い詰めた管理職の人間をなんの処罰もせず、社会的責任を取らせずに放置しています。夫が自殺をした直接の原因を作ったS課長なんかは、夫が自殺した次の日に「退職手続きを行いたいので、書類を持っていきます」と平気で言えるぐらい倫理道徳が欠如した人です。このような人をそのままなんの処罰もなしに、放置しておくと夫と同じ犠牲者ができますし、夫が浮かばれません。

私はなんとかこの戦いに勝ち、夫の名誉回復ができるよう、次の犠牲者が出ないように、日通に社会的責任を取らせ、更正処置を施せるようがんばっていきたいと思います。

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