大橋家 日通との戦い
私達の父、大橋均は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、倫理道徳の欠如した日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。
日本通運の子会社、日通商事のパワハラ
妻です。

 日本通運は刑事事件などで最近は話題になっていますが、子会社の日通商事では、社員に対するパワハラが以前からありました。  そんな中で、日通商事と管理職ユニオン関西の団体交渉がありました。 当該組合員K氏にとって2度目の団体交渉です。 6月20日午前10時より新大阪丸ビル10F10号室で一時間あまり持たれました。 協議事項は (1)日通商事社員K氏の新茶販売売上減に対する顛末書の提出強要についてと、 ...
日本通運の子会社、日通商事


私も管理職ユニオン関西の一組合員として団体交渉に参加しました。
団体交渉中の支店長の態度は高圧的で、腕を前に組んだり、
扇子を扇いだり、
終始悪く、支店長として、人の上に立つ人間としての品格もなく、
我慢できず私が注意するまでその態度を取っていました。

私がその態度を指摘すると「考え事をしていた」と幼稚な言い訳をしたり
日通の管理職の人間のモラルの無さが垣間見れました。

また日通側の弁護士も組合員に対して「頭が悪い」と発言したり
相手の人格を無視した場をわきまえない言動に怒りを抑え切れませんでした。

自分たちのした事は一切認めないばかりか、勇気を振り絞ってパワハラという問題に対し
向き合う社員に誠意の欠片もなく、やる事と言えば弁護士を何人もつけて
大きな態度を取るだけ。

この日通という企業だけは絶対に許せません!

皆さんこんな日通に制裁を加えるためにぜひ私たちと一緒に戦いましょう!
社会的な自殺対策を施す
妻です。

先日、自殺対策支援センターライフリンクという非営利発動法人の取材を受けました。

自殺対策支援センターライフリンク

取材の目的は、全国にいる自殺で身内や友人を亡くされた方に取材をし、
日本で年間3万人もいる自殺者を無くすための対策を立てるためという事でした。

実名を公開してからは本当にたくさんの報道関係者の方や、
このような団体の方に私たちの事件を取り上げて頂きました。

夫の無念を晴らしたい、次の犠牲者を出させたくない、
この気持ち一心で実名を公開して訴訟を起こしましたが、
こうやってたくさんの方に私たちの事を取り上げてもらう事ができ、
本当によかったと思っています。

自殺は今や日本の大きな社会問題です。
日本を誇る大企業こそ、手本となるべき、社会的な対策を取り入れるべきです。

日通は名ばかりの「コンプライアンス委員会」はありますが、
自殺に対策としていったいどんな処置を取っているのでしょうか?

人一人の生きる道が閉ざされる事はどれだけ労働環境が悪いことなのか
それがわからないのでしょうか?

形や枠組みだけの格好だけの対策ではなく、
それを実践できる推進できる力があってこそ意味があるものです。

たくさんの犠牲者を出して得た業績になんの意味があるのでしょうか?

この裁判が日通、そして社会の自殺対策を実践する推進力となる事を祈って
活動を続けていきたいと思います。
4月10日から5日間あった写真展示会の模様
妻です。

今日は4月10日から5日間あった写真展示会の模様について書きたいと思います。

今回もたくさんの方がこの忙しい中、わざわざ尼崎まで足を運んで下さいました。
この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

それぞれに目的の違う、いろんな立場の方が会場に来て下さっていました。

この1ヶ月間の間に自殺で亡くなった3人のお葬式を上げられたお坊様、
うつ病を煩っている患者をどのように治療をしていけば勉強に来られたお医者様、
うつ病を患っている旦那様や子供様と一緒に来られたご家族の方、
そして私たちと同じようにうつ病自殺でご家族やご友人を亡くされた方、
夫が歩んできた人生を知って大粒の涙を流して下さった方。

私の今回の目的は、

誠実でまじめに会社のためにがんばって来た夫がうつ病を患うほどパワハラを受け、
そしてさらに命まで落とさなければいけないほど追い詰められた、
この異常な労働環境が社会に存在する事をたくさんの方に知って頂く事、

そして

同じ苦しみ・悲しみを持っている遺族の方の心を
同じ痛みを共感できる立場として話を聞くことにより
少しでも癒す事でした。

今回は本当にたくさんのいろんな立場の方と話ができましたし、
私の目的は達成できたと思っています。

この写真会を通して、次の犠牲者が出ないように
企業や社会全体が自殺防止の取り込みができる事を
心のそこから祈っています。

最初は実名を出す事を躊躇しましたが、結果的に実名を出す事により、
たくさんの方に私たちの事を知って頂けて、
今回のようにたくさんの方を話す事ができましたので、
本当によかったと思います。

これからもご支援のほうよろしくお願いいたします。


ご協力お願いします
提訴してから約7ヶ月になろうとしています。

私達親子は、沢山の日本通運の社員の方々、その家族の方々に、この事件を知って貰いたいと思っています、現在日本通運を相手取った裁判は私達以外にも行われています。

会社は(従業員を死に追い詰めた)最悪な事態をお起こしながら、大切な人を失った私達親子に誠意ある対応を見せてくれません。

私達親子は会社に過ちを認めさせ早期改善に努め、これ以上犠牲者を出さないようにして欲しい、弱者を守るのが強者であり、従業員を守るのが会社です。

権利を乱用して人を制圧する事は許されません,現在も労働者の権利を無視され、ひどい扱いをされている人や、人権侵害を受けている人たちのためにも、

私たちはなんとしても、この裁判に勝たなければなりません。


完全勝利の為、沢山の仲間(日本通運労働者)の人達、秘密は守りますので、どんな些細な情報でもかまいません、情報を求めています。

私は台湾出身で夫とは台湾の会社で知り合い、日本にきて約30年経ちます、がしかし今だに日本という国は、異国であり、日本人の方達の様に言いたい事が上手く言えないというハンディもあり、最近は自分も睡眠薬なくして寝る事が出来なくなって来ております。

私自身も挫けてしまわない様に、そして私達と同じ様に、挫けてしまいそうな方々、そして
支援者の方もどうか私達に

お力添えをお願いします。

この裁判は絶対に勝たなければなりません、このままでは何も変わりません、もうこれ以上悲劇は生み出したくありません。

みなさん一人一人の力が、大きな波となり社会を変える大きな力になります、どうかよろしくお願いします。
2月12日は夫の58回目の誕生日です。
今日2月12日は夫の58歳の誕生日です。

朝起きてくる夫に 「誕生日おめでとう」 というと少し照れながら 「ありがとう」 と言う姿を思い出します。

大橋均とはどういう人間だったのか、皆さんに知って頂けたらと思います。

夫は京都で生まれ、高校を卒業後、日本通運に19歳で入社、亡くなるまで37年間日通で働いていました。

夫は飛行機が大好きで、少ない休みには子供を連れラジコンの飛行機を飛ばしに行ったり、自宅でプラモデルを作ったりしていました。運動神経もいい方で、日曜日にはテニスに出かけることもありましたし、冬の休みには日帰りなどでスキーに行っていました。勉強も好きだった様で、毎日NHKの英語のラジオ放送を聞いて勉強するのが日課でした、英語のほかにも中国語を勉強していたり、はやくからパソコンを購入して勉強していました、40代を過ぎていましたけど、バイクの免許を取りに行ったりしていました。

亡くなる数年前にはバイクに乗る時間もあまりなく、次男の方にバイクを譲る優しさもありました。

普段は穏やかでとても優しい夫でした、争い事が嫌いでいつもゆったりとしていました、あまり饒舌な方でなく、自宅では亡くなる直前の時以外は、仕事の話をすることはほとんどありませんでした、真面目で穏やかで平和主義者でした。

いつも 黙々と根気よくいろんな事をチャレンジし、最後まで諦めずに頑張りや
さん、自分の時間が少ないながらも多趣味で、いろんな才能がありました。 私はいつも羨ましいく、子供達の憧れでした。

お誕生日おめでとう、今年もまた「ありがとう」と聞こえる気がします。