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| プロフィール |
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Author:大橋家
 主な執筆者はアメリカ現住の長男・次男。 07年7月30日に日本通運を相手取り訴訟を起こし、現在裁判中。
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| 大橋家 日通との戦い 私達の父、大橋均は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、倫理道徳の欠如した日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。 |
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| 日本通運株主総会会場前で抗議 |
日通株主総会抗議写真6月27日9時45分ゆりかもめ汐留駅前の日通本社ビルでありました。 管理職ユニオン関西 東京管理職ユニオン ネットワークユコオンは日本通運に対して、 安全配慮義務違反の責任を認め 家族に謝罪するように要求しました。
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| 日通株主総会会場前で配ったビラ |
株主総会会場前で配ったビラの内容です。 たくさんの株主の方がこのビラを受け取って下さりました。
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| 日本通運株主総会に株主として挑む |
妻です。
先日27日午前10時、日本通運の株主総会が日通本社ビルでありました。私も参加条件を満たす株数を購入し株主として出席しました。
当日9時45分から管理職ユニオン関西と東京管理職ユニオンの組合の方たちは日通本社前で私達家族の訴えを書き綴ったビラを配り、6メールもの大きな横断幕を広げ、「日通は大橋均さん(56歳)の自殺の責任をみとめ、家族に謝罪せよ!」と訴えて下さいました。株主総会に足を運んでこられた株主の方たちの多くは私達の訴えに耳を傾け、そしてビラを受け取って下さいました。
会場は1000人くらい入れる会場で半分以下の席が埋まっており、議長は日本通運代表取締役の川合社長でした。
業績説明等の発表が終わった後、川合社長が質問の問い合わせを株主に促した瞬間に、待ち構えて私はすぐに手を上げましたが、川合社長は私ではなく同じ組合の方を先に指名しました。
その方は「日通健保だよりで書いてあった社員の自殺の割合が異常に高いことについてどのように認識しているのか?」と質問しましたが、川合社長からの直接の回答はありませんでした。その方は私達大橋家の事についてもいくつか質問しましたが、川合社長は「この件について提訴中なの回答できません」と答えました。さらに質問を続けていると「個人的な質問は控えてください」との注意を受け質問は止められました。
質問は自分の席から行うのではなく、会場の真ん中設置された質問席で行います。こういう場に慣れていない私は非常にプレッシャーを感じましたが、私はこれはもう私個人だけの問題ではなく、今後会社で取り込んで直していかねばならない会社の体質の問題だと思い、必死で手を上げ続けました。
そしてやっと私が指名されました。いよいよ私の番です。私はこの瞬間をどれだけ待ち続けたか。胸が高鳴り心臓の鼓動が聞こえるようでした。
私は自己紹介をしました。
すると社長は私が発言する前に「個人的な質問は控えて下さい」と注意を促しました。その一言で私は体の凍りつき、頭が真っ白になりましたが、なんとか勇気を振り絞り、重圧の中で発言できたのは「葬儀の段取りさえを決まっていない状況で退職手続きをさせるのは、人間としてではなく荷物を扱うよう指導しているのですか?」と「二度も私達のような犠牲者を出さないようにして頂きたい」だけでした。
いままで私達はコツコツ地道に社会に訴えてきてここまで長い道のりでしたが、やっと川合社長や日通の社員に私達の思いを訴えいる事ができた事はとても私にとって意義のある事でした。
いろいろと私は当日は興奮しており、詳細があいまいな所がありますので、後日組合の方と話をし、過不足な点は訂正したいと思いますが早くこの事を伝えたく記事を書かせていただきました。
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