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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
アスベストによる<石綿肺>発症し自殺は労災
長男です。

アスベストによる病気で自殺した人はたくさんいるそうですが、今回のように公になった労災認定は初めてだそうです。

労災は残された遺族が安定した生活をしていくための物です。

大橋家ブログでも紹介している「王寺アスベスト補償裁判」の原告も労災認定されましたが、まだ日通との戦いは終わっていません。最後まで意思を強く持ち、病気だけではなく、妻と子供のために日通と戦った吉崎さんの思いが叶うように応援したいと思います。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081129-00000009-mai-soci

 アスベスト(石綿)によるじん肺「石綿肺」を発症し、05年3月に自殺した佐賀県の男性(当時68歳)について、国の労働保険審査会が今年8月、病気と自殺の因果関係を認め、佐賀労働基準監督署(佐賀市)の決定を覆して労災と認める裁決をしたことが分かった。石綿関連病を苦にした自殺は全国で起きているが、労災認定は支援団体が確認しているだけでも過去に1例ぐらいしかなく、公になるのは初めて。

 男性は1957年から約25年間、佐賀県内の石綿を使った水道管の製造工場に勤務。04年12月に発病し、入院中の05年3月に自殺した。男性は自殺前に「苦しい。死んだ方がましだ」と訴えており、妻(66)は05年5月に労災補償を請求したが、佐賀労基署は06年3月、「症状の急変や重度の呼吸困難の事実は認められない」と石綿肺と自殺の関連を否定し不支給決定をした。

 佐賀県労働者災害補償保険審査官への審査請求も棄却されたが、妻は国の審査会に再審査を請求。審査会は自殺について、「(石綿肺の)症状の悪化で極度の苦痛を伴い、悲観的になったことが推認できる」と判断。今年8月29日、労基署の決定を取り消した。

 妻には、葬祭料や遺族補償年金が支給される。妻は「苦しい思いをした主人に『よかったね』と言いたい」と話している。
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証人尋問のための陳述書
長男です。

ここ数日証人尋問のための陳述書を書いています。知った事、聞いた事、感じた事、見聞した事を書かねばならないのですが、始めて気づいたのですが、結構この作業はつらいんです。

作業自体がつらいのではなく、苦しんでいる父、辛そうにしている父、落ち込んでいる父、悔しそうにしている父の姿、言動を思い出すのがつらいんです。

記憶の奥をたどるといろんな父がたくさん出てきます。

今の私は父の結末を知っていますが、記憶の中の過去の私は、これから何が起こるかまったく想像できてなく、危機感もなく、わかったような口調で父は励ましていて、なんの力にもなって上げれなく、ほんとに無力でした。そんな過去の自分に腹が立ちます。

父は最期までがんばっていました。家族のためにがんばっていました。会社を辞めさせてあげればよかった。私も弟も早く独立しておけばよかった。後悔の思いばかりが沸いてきます。

結構つらい作業です。
神戸うつ自殺安全配慮義務違反裁判 ご協力のお願い
同裁判の原告は労災を申請したのですが、不支給通知が最近届いたそうです。理由は100時間をこえるサービス残業の証拠が提示できなかったからです。

このブログをご覧の皆様の中で2003年頃の明石航空支店での勤務状況を知っておられる方があれば、私たちのほうまでご連絡ください。

会社は出勤時間は8:00~7:30と会社は労基署に届けていますが、課長職の勤務実態はもっとサービス残業が多かったはずです。100時間はこえるサービス残業を恒常的にしているはずです。ぜひ、本件についての情報があればご連絡ください。

次の犠牲者を出さないためにも、政府に日通は労働災害を起こしていたと認識させ、こういった体質を変えさせなければいけません。

ぜひご協力をお願いします!
全日通「言論の自由」侵害裁判 第一回進行協議
日通裁判支える会から第一回進行協議の模様を書いたニュースが届きましたので、掲載致します。

第1回進行協議が11月11日(火)午後1時30分に大阪地裁(8階)第5民事部前横の小部屋で開かれました。
 今回は、支援者5人が来られましたが、傍聴できないため長椅子で待機になりました。小部屋では原告側の梅川さんと森弁護士、被告側は代理人弁護士だけで、裁判官の提起を受けて、それぞれ別々に話しをしました。話の内容は、「和戦両用」。すなわち「和解」か「判決」かですが、「和解の可能性があるかどうか」「和解するならどういう案なら和解できるか」聞かれました。原告側は、和解はやぶさかではなく、「①謝罪②解決金の支払い③第三者に和解内容を公表する」を飲んでくれるなら和解する、と表明。被告側は、弁護士以外だれも来ていないので相談できず、お持ち帰りとなりました。次回に和解の話も含め「和戦両用」の弁論準備が開かれます。原告案どおりに和解ができれば、組合選挙で今度同じような意見表明の削除をすれば、提訴して勝利判決を勝ち取ればいいのです。和解が出来なければ、口頭弁論に進み、また法定で行われ、判決をもらうことになります。
 そうなると、労働法学者の意見書を提出して、主張を展開することになり、意見書を書いてもらう費用がかかります。そのときは皆様にカンパを要請することになると思いますので、よろしくお願いします。勝利判決なら、前例のない画期的で歴史的な判決になるのは確実です。
 労使協調路線をとる企業内組合での多数派と少数派との運動路線の問題でもあるからです。

日本通運の株ネタ
長男です。

日本通運の株式情報の売買情報を見ていたら、こんな株ネタが投稿されていました。

コンプライアンス

今年、大きく下げていく銘柄といえば、法違反絡みでしょう。なかなか現時点で内情を知りませんから読み難いところですが、一番基本的なところでは残業代の未払いといったトコでしょうか?運転手の時間管理は運行管理の上でもはっきりしているので無視できませんが事務員に対しては上限を決めてあとはカットする方法を繰り返しているようです。社員の労働基準監督署への通報によって大々的に報道されるか、警察への運転手の違反情報の取り寄せ依頼など何かオープンになれば大きく下げそうです。


先日ペリカン便サービスドライバー労働契約違反裁判は勝訴し、その事はたくさんのメディアを通じて世間に知れ渡りました。日通の株主には上記の投稿を行なった方のように、日通は名ばかりのコンプライアンスを掲げて、実際は社員の労働環境や安全配慮は一切考えられていない事実を知ってらっしゃるのでしょう。

やはり我々の裁判を通じての世間への訴えは少しずつだけど効果があるのです。こういう記事を見ると自分達が行なっている事が社会の役に立っているという実感が沸き、力が出てきますね。
お墓参りに行ってきました
妻です。

数日前夫の夢を見ました。

夫は青ざめた顔で廊下の壁にもたれるように立っていました。手首からは血が流れており、私はとっさに「救急車!救急車!!」と叫んだところで、目が覚めました。

私は夫が日通に対する無念さ、理不尽さ、悔しさを私達に訴えるため、そしてこれからの戦いをがんばれと激励するために出てきたのかと思います。

たくさんの方は「人の悲しみや痛みは時が解決してくれる」と言いますが、私達の悲しみや痛みは一向に癒される事なく、まだ私達の心には大きな傷が癒えず残っています。

私は思います。夫は自分が命を立つ原因となった事実が明らかになっていない事、真実が明るみに出されていない事が無念で、安心して天国に行けないのだと思います。

私は父の命日にお墓参りに行き、絶対にあなたの無念・名誉を晴らしてあげるから、心配しないで安心して天国に行って下さいと告げました。

日通は退職強要・パワハラをし、夫を追い詰めた管理職の人間をなんの処罰もせず、社会的責任を取らせずに放置しています。夫が自殺をした直接の原因を作ったS課長なんかは、夫が自殺した次の日に「退職手続きを行いたいので、書類を持っていきます」と平気で言えるぐらい倫理道徳が欠如した人です。このような人をそのままなんの処罰もなしに、放置しておくと夫と同じ犠牲者ができますし、夫が浮かばれません。

私はなんとかこの戦いに勝ち、夫の名誉回復ができるよう、次の犠牲者が出ないように、日通に社会的責任を取らせ、更正処置を施せるようがんばっていきたいと思います。
大橋家ブログ一周年 いつもご支援ありがとうございます
長男です。

このブログを始めて一年が立ちました。そして父がいない2年が過ぎました。

ブログは始めた頃は、私達の訴えが世間の人の心に届くのか、私達のやっていく事は正しいのか、勝訴するまで続けられるのか、いろんな心配がありました。

一年立ち、ブログ活動を見直し、本当に初めて良かった、そしていままで続けてこれて良かったと思います。

このブログを通し、たくさんの方のコメントに勇気付けられたり、応援の言葉に力が沸いてきたり、、一緒に戦っていく仲間にめぐり合えたり、そして私達の考えに賛同し、自分のために、亡くなった人のために、社会のために、会社のために戦いを決意し、立ち上がるきっかけを作れた事は、私達にとって言葉では表現できないほど大きな事でした。それと同時に皆様への感謝に気持ちは尽きません。

今や大橋家ブログは私達の戦いだけではなく、私達と共に日通と戦っている方達の活動内容を配信する情報サイトとしても成長してきました。この重要な役割を持った今、きちんとその責任を果たせるよう、よりいっそうがんばっていきたいと思っています。

まずは、私達の当面の目標として、「父の名誉回復」「日通の知らざる実態を明るみにし、社会的責任を取らせる」事ができるよう、がんばっていきたいと思います。それが無念の中、苦しんでこの世を去った父への最後の親孝行です。

ですので、これからもご支援のほう、どうぞよろしくお願いいたします!

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