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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
日通解雇の不安
妻です。

最近は毎日ニュースで 解雇の話題ばかり聞きます。日通の正社員の方たちは、きっと苦しみや不安で、楽しく年も越せないのでないでしょうか。

本当に大変な時代になりました。

来年3月までにたくさんの正社員がリストラされるのではないかと心配しています。

夫は1995年にC型肝炎の感染が指摘され、 左遷されて以来、解雇の不安は常に付きまとっていました。夫は解雇されないように、真面目に、誠実に、善良に、文句も言わずに一生懸命働てきました。有給をほとんど取りませんでした。いや、取れませんでした。なぜなら、申請すると、「なんで休むんだ?」と詰問されたり、少ない人数でシフトを組んでるので、休むと他の人に負担をかけてしまうので、なかなか休みを取れないようにしていました。

2000年に成田にある日通の下請け会社に移転の辞令が出された時、辞めるか転勤か迫られました。その時に同僚の方で辞めて行った方が数人いらっしゃったそうです。その時夫は50才で、私たちには大学通う息子が二人いて、辞めるという選択肢はまったくありませんでした。

しかし、それから苦難の道が始まりました。

日通の場合は解雇という恐怖心で怯えないといけないのは、派遣労働者だけじゃなく、正社員もでした。

経営陣の皆さんも自分たちの家族があるはずです。人の子であり、人の親でしょう。同じ人間を忘れないで欲しい。そして人間の心を持って欲しい。

新聞で掲載されていた若者の言葉です。『いつクビになるのかビクビクせずに人間らしい生活を送りたい。仕事を続けたい』悲痛な叫びでした。若者が解雇の不安を抱えることなく、暮らせる世の中にしていかねばなりません。
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