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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
尼崎アスベスト裁判 第2回口頭弁論の報告
 7月2日(金)午前10時30分、神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で、入れない人も出るほど満席の中、第2回の口頭弁論が開かれました。

 今回も書面の確認の後、亡くなられたOさんの妻から、言語障害があって不自由な身でありながら、次のような意見陳述をされました。

 ≪夫は、昭和58年の定年まで日通の大型運転手として搬送業務に就いていました。平成14年に中皮腫を発病して5ヶ月間、“苦しいー”“苦しいー”の連続で、「家に帰ってゆっくりしたい・・」と言ってましたが、平成14年7月10日に74歳で亡くなりました。残念でなりません。平成17年7月20日に労災認定されましたが、会社の利益のために生命をないがしろにされた従業員とその家族は・・・。日通は、社員カードがあったので在職証明を1枚出しただけで、他は不明と言ってきました。平均賃金を計算するために欲しかった給与明細も会社にあると思います。夫は、7.5トン車で神戸港の倉庫から、1袋50kgのアスベストを手ガキで積み込み、クボタ神崎工場に運び、トラックから手ガキで卸し、高く積み上げ、アスベストで真っ白になっていました。防塵マスク着用の指示もなく、危険性も知らされず働いていました。

 日通とこれまで4回話をしました。当初は「何も証拠がない」と言われ、その後に運搬をしていたことは認めましたが、「作業の内容がわからない」「因果関係がない」と言いました。・・・≫

閉廷後にミニ報告集会が持たれ、まず弁護士から「被告から反論が出され、原告からは釈明や主張がある」と説明があり、意見陳述されたOさんが「これからもご支援よろしく」とアピール、『日通労働者連絡会』から日通株主総会でのビラまきマイク宣伝行動と株主総会での発言について報告があり、この尼崎の『日本通運アスベスト損賠裁判を支援する会』から105名の会員加入があったことが知らされました。

 これから弁論を2~3回開かれる予定で、次回の第3回口頭弁論は、9月24日(木)午前10時30分、神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で開廷されます。
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全日通「言論の自由」侵害裁判 新着情報
全日通裁判支える会から届いたニュースを掲載いたします。

 6月5日(金)午後1時30分、609号法廷でいよいよ証人尋問の時を迎えました。その前に、6月1日付けで根本到大阪市立大学教授の意見書を提出。事実と理論から全日通の「言論の自由・団結権侵害」を明らかにする態勢が整いました。
先ず裁判官が、争点を「削除は不法か?損害はあるか?その額は?」でいいですね、と双方に確認し、証人尋問に入りました。

 被告組合側はS大阪支部副委員長が証人台に立ち、削除の大きな理由を、削除した内容(SD契約違反・いじめ自殺・アスベスト補償)がいずれも選挙区である「大阪中央協議会の〟管轄外″で、管轄外の組合員は関心がないから」と証言し、裁判官は「関心がないなら残しても良いにならないか?」と疑問を投げかけました。

 原告の梅川さんは、「何故ビラに削除されるような内容を書いたのか?」の反対尋問に対し、「同じ労働者として放っておけないから」と証言。
最後に、裁判官は組合側を〟会社側″と言い間違い「イヤミじゃないよ」で、ドッと湧きました。
今回は、組合側が証人の外に7人を動員してきて傍聴席を陣取り、同じ数の支援の傍聴者を中に入れなくしました。

 このあと弁護士会館に移り、森弁護士から、「企業内労働組合が管轄外だと言って企業〟内々″″内々々″組合になってしまっていてビックリ!」「正義があるから負ける気がしない」と解説。梅川さんから「裁判に勝ったら、削除に関わった執行部役員にお金を払わせた上に、罷免要求したい気持ちがある」と怒りを述べられました。

次回は結審

★8月28日(金)
午後4時50分~
大阪地裁609号法廷
この日に、判決の日時が決定します。多分、10月か11月頃か?

多数の傍聴参加をお願いします。

裁判終了後に大阪地裁内でミニ報告集会を持ちます。

日通SD労働契約違反裁判・第5回控訴審
 7月15日(水)午後4時、大阪高裁84号法廷で、多数の支援の傍聴者が見守る中、弁論準備が開かれました。ちなみに、SD側は弁護士3名と当事者4名、会社側は弁護士1名と労働担当の2名が来ていました。

 まず、裁判官から今後の書面の提出予定について聞かれ、会社側は無いと、SD側は「新たな書証」などを提出したいと返事がされました。

 次に、争点整理として①移行組の日通との雇用契約は如何なるものか?(SD側は作業会社並みの従来どおりと言う主張、日通側は不利益変更内容を提示し納得したという主張)②移行後の就業規則不利益変更と労働協約締結の効力は移行組に有効か?(日通が主張する労働契約があったとして)③時効の適用は?(SD側は日通に信義則違反があったので時効の援用は不当と主張)が確認され、最終準備書面はそれを踏まえたものにして下さいと指示がありました。

 そして、9月25日(金)午前11時30分に大阪高裁84号法廷で結審することが決まりました。
その後、会社側は和解を拒否しているがSD側はテーブルに着くとの事なので裁判官から和解の話が提起され、13階のラウンドテーブル協議室に移り、双方別々に意向打診されました。「会社側はとにかく頑なですね」と言う裁判官の感想が述べられました。しかし、それでもなお裁判官は結審までは和解の可能性を探ってみますと言うことでした。

 和解の打診に2度双方が交互に呼ばれたので、会社側への打診の間の時間で、弁護士からの解説と、『日通労働者連絡会』から6月26日の日通株主総会に向けて行われた活動についての報告と今後の活動についての提案がありマスコミに取り上げてもらおうとなりました。また、旧城東ペリカンセンターでの偽装請負問題で7月7日に提訴した原告からの支援の要請がありました。
日通株主総会における日通労働者連絡会の活動報告
 日通株主総会が2009年6月26日の午前10時から開催されるということで、日通労働者連絡会として、東京のユニオンの仲間からも応援をいただいて、総勢約20名が二手に分かれ、通勤客でごった返す朝8時より東京・新橋駅前で、横断幕を張りマイク宣伝のもとビラまきを行い、JR駅からの規制妨害にも負けず貫徹しました。そのあと合流し、汐留にある株主総会会場の日通本社前に行き、株主総会に出席する株主と日通の経営者に向け、午前9時から同じく横断幕を掲げビラまきマイク宣伝行動を行ないました。駅前も含めビラ5種類500セットを用意しましたが、「がんばれよ!」と声をかけてくれた株主もいて、あっという間になくなりました。

 日通労働者連絡会につながる仲間から4名の株主が会場に入り、職場のいじめ裁判などトラブルが多いこと、経営陣が起こした独禁法違反の問題、JPエクスプレスの経営が悪くなっていること、社長はそれらの責任を取って辞任すべきだ、などと発言。

 その日の夜には、日通と裁判をしている東京警送の原告らと会い、これから連携していこう!と硬い握手を交わし、有意義な交流ができました。

日通労働者連絡会の活動報告


大橋家裁判 進行協議について
長男です。

この進行協議は、裁判の最終的な方向を決める重大な協議という事で私も出席しました。

もちろん内容は、「和解」か「結審」か、です

裁判所は原告である私達と被告側を個別に呼び、和解を検討するのなら、どのような条件で和解をするか、聞き取りをしました。

結果、私達側と被告が出した和解の条件がかけ離れていたので、裁判所は現在の段階では和解は難しいと判断し、裁判所が打診していた和解の案も、特に発表せず、結審へと進む事を私達に言い渡しました。

私達は最初から高裁・最高裁まで戦うつもりでしたから、和解にならなくとも、望むところが。

日通側は、いまさらと言ってはなんですが、結審の前に、追加証拠として、「イエロカード」を提出したいと申し入れましたので、結審の前に、弁論準備期日が設けられる事が決まりました。

当然、内容は改竄されているでしょうし、私達も弁護士の先生もいまさら証拠としての価値はないのではないと考えています。

ですので、今後の予定は:

8月21日までに日通側が「イエロカード」を証拠として提出

9月3日に弁論準備期日(非公開)-イエロカードについての反論などがあれば準備書面を提出

10月19日に弁論期日(公開)-最終準備書面(いままでの裁判の総括)を提出

そして、いよいよ判決の日が10月19日に決まります!

いよいよ私達の裁判に一つの節目が訪れます、、、、。冒頭でも書いた通り、私達は高裁・最高裁まで戦うつもりですが、当然第一審の結果は気になります。

最初の戦いは私達が勝利するのか??
父の名誉は回復できるのか??

真実は一つしかありません。

父がどれだけ会社に苦しめられたかは私達が一番知っています。

私達はただただ、裁判所が正しい判決を出す事を、切実に祈りたいと思います。


神戸うつ自殺安全配慮義務違反裁判 証人尋問(1日目)
 5月29日(金)午後1時30分から神戸地裁203号法廷で、約30名の支援傍聴者が見守る中、会社側2名の証人尋問が行われました。

 最初に、T次長が証人に立ち、「7月22日に三宮で本人と会ってうつ病の診断書を見せられたが、本人が持ち帰った」「7月22日~8月末までの安静加療の診断だったが、たいした仕事じゃなく本人希望なので出社してもらった」「8月6日に自宅に行き、うつ病で休むとなったが、診断書は翌日に総務に提出した」「管理職なので自由に出退勤を自己管理したらよい、管理職なので残業はない」などでした。

 部下であったI氏は「10月に復職したが、従前の課が二つに分かれる機構改正があり、その1つの課長として所属し、部下は4人」「同じ職場に戻ることが良くないとは思わなかった」「会議は話を聴くだけで、何かをするわけではない」などと言っていました。

 事実は、「7月22日は診断書を渡そうとしたのにT次長がとにかく出勤してほしいと言って受け取らなかった」「8月6日に受け取った診断書を当日に総務に提出しなかったのはT次長が提出をためらっていたから」「復職後も出退勤管理され残業もあった」です。

 尋問が終わって弁護士から、「部下が病気になって長期に休むと上司の評価に影響するので保身のために長期の休みを避けようと動いた」「T次長は、終業所見報告書を素人感覚で先に判断し書いている」「現場から管理の仕事に変わり合わなくてうつ病になったのに、病気になった部署に復職させている」「復職後は自己管理しろと仕事の指示がなく、ほされて仕事がないのにずっと座っていた苦痛を放置している」「落ちこぼれたという疎外感がないようにする配慮がなかった」と言うような解説がありました。

 その後、6月5日に、保険指導員と原告である妻の証人尋問がされました。
そしていよいよ結審が、9月11日(金)午前10時に、神戸地裁203号法廷で開かれます。
日通SD労働契約違反裁判・第4回控訴審
 5月29日(金)午前11時30分に、当初の多数傍聴が出来る84号法廷が13階のラウンド協議室に変更になり、中に入れない支援の傍聴者がたくさん出ました。

 裁判官から労働者側にいろいろ質問があり、それに答えて意見を言うという流れで進んで行きました。
裁判官は、転籍する前に「移行してこうなると言うモデルの認識があったかどうか知りたい」「移って下げたのは差別ではないのか?」「組合から支援受けにくい状況か?」に対し、労働者側は「ボーナスもらっているところに行くのだから安心していた」「差別的取扱いを知らない間にされていた」「組合は、当時組合員じゃなかったと支援要請を断っているが、第1審原告勝利判決を真摯に受け止めよ!と会社に申し入れたと言っている」

 次回も弁論準備ですが、7月15日(水)午後4時、大阪高裁84号法廷で開かれます。裁判官からの和解の話を会社が断ったので、次々回で結審。結審の前に最終準備書面を提出するという日程が確認されました。
日通、また提訴される!
日通がまた提訴されました!

今度は「偽装請負」についてです。

最近、とくに派遣法違反である偽装請負が社会的問題として取り上げる機会が多くなってきましたが、今回の訴訟はまさにそのホットなトピックである「偽装請負」についてです。

また一つ日通の実態を暴く戦いが始まりました。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090707-00000580-san-soci

日通を偽装請負で提訴 ストレス障害罹患で1930万円請求

大手運送会社「日本通運」(東京)の集配業務を別会社を通じて請け負っていた男性(45)が7日、「偽装請負で黙示の労働契約があった」として日本通運を相手取り、未払い賃金や過重労働でストレス障害に罹患(りかん)したことに対する慰謝料など約1930万円の支払いを求める訴訟を大阪地裁に起こした。

 訴状によると、男性は平成17年9月から、東大阪市内の日本通運配送センターに勤務。社員と同様に朝礼に参加し、業務命令はすべて日本通運から受けていた。

 形式上の雇い主だった運送会社とは給与支給時以外にかかわりはなかったが、給与の1割を中間搾取。男性はストレス障害を発症し、20年7月に退職した。

 日本通運をめぐっては、大阪労働局が偽装請負の可能性があるとして是正指導していたことが判明している。日本通運広報部は「訴状が届いていないのでコメントは差し控えたい」としている。
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日通航空 第2回労働審判 支援者の報告
 6月17日(水)午後4時から、大阪地裁8階の労働審判廷で第2回の労働審判が開かれました。今回は、前回の事実調べのあと示された和解の打診を持ち帰り検討した結果を持ち寄る日でした。

 最初に会社側が2人と弁護士が呼ばれて審判廷に入り、しばらく出てきませんでした。話が込み入っているのかな?と思っていたら、3人が出てきて、今度は労働者側本人と森弁護士が審判廷に入りました。

 すると、今度は短時間で間もなく出てきて、森弁護士が開口一番「決裂や!」と言われました。話を聴くと、先にした会社側との話では、「懲戒委員会を開いて処分したので、懲戒解雇は変わらない」と裁判官が取り付く島もない状態だったようで、氷のような悪魔のような会社の一方的な回答で決裂したのでした。

 本人は、職場復帰を望んでいますが、それが叶わなかったら、退職するにしても、20歳代後半これからの再起を期すため懲戒を撤回してほしいというささやかな和解の提案をもって行ったにもかかわらず、それをつき合わすことさえ出来ませんでした。

 こうなれば、審判を仰いで、懲戒解雇の不当性を明らかにするのみです。

 次回第3回労働審判は「判決」で、7月9日(木)午後4時、大阪地裁8階、労働審判廷で開かれます。審判に勝利して、会社が2週間以内に異議申し立てすれば、本裁判に移行します。もちろんそうなれば、本人は、下車勤務(ゲシャキン)と言う日通の「日勤教育」という職場のいじめに苦しむ全国の仲間の支援を仰ぎ徹底的に闘う決意をしています。

6月8日 大橋家証人尋問 母の言葉
最後に、母が裁判官に訴えた言葉で締めくくりたいと思います。

夫は37年7ヶ月、一生懸命に日本通運で働いてきた。

なぜうつ病にならなければならなかったのか、
なぜ自殺まで追い込まれなければならなかったのか、


夫は無念と思います。


もっと生きていたかったと思います。


また、残された私たち、特に若い二人の息子、一生涯、この悲しみや、苦しみや、悔しさを背負って生きていかなければならないと思うと、


とても胸が痛みます。


どうか、日本通運は夫の自殺の責任を取って、認めて、夫の名誉を回復して、
二度と私たちのような犠牲者を出さないようにしていただきたいと思っています。





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