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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
日通 健保たより 増加傾向にあるメンタルヘルス疾患
長男です。

日通2009年9月に発行された健保たよりが手に入りましたので、掲載いたします。

9月健保だより

ご覧の通り、メンタルヘルス疾患は年々増加傾向にあります。コンプライアンスやなんだとか、対外的にはきれいごとを言っていますが、ここ数年日通が何をやってきたのか、この結果で明白にわかります。

私たちの裁判の証人尋問でM保険指導員が証言していましたが、当時彼女が担当していた大阪旅行支店の人員は120人くらいで、週2回勤務の彼女だけで全員の保険指導をしていました。こんな状態で個別的かつ十分な保険指導が行えるとは到底思えません。

さらに言わして頂ければ、父の直属の上司が自分の部下がどんな疾患があったのか聞いていなかったと証言しています。

これが日通の実態です。

どんなきれごとを並べても、所詮絵に描いた餅です。何も改善されません。なぜ、増加傾向にあるメンタルヘルス疾患に対して何もしないのか?

疾患の原因である1位の高血圧性疾患、2位糖尿病などは外因によるものが多く、なかなか防止対策などは施せませんが、メンタルヘルス疾患の原因の一部は会社勤務によるものだとわかっていますが、増加傾向にあるという事は何をやっているかわかりませんが、結果的にはひどくなっているとう事です。

私たちの裁判で日通の安全配慮義務違反が証明されたのちには、少しでもこの傾向に歯止めがかかるような対策を日通社内で施されるよう、切実に祈ります。
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「ペリカン便」・「ゆうパック」統合 いやなら”転籍”は断ることが出来ます
長男です。

最近入手した資料を掲載いたします。

「転籍は本人同意のない場合には、会社が強要したり一方的に命じたりすることはできず、また同意しないことを理由に解雇することは、解雇権の乱用にあたる」

「ペリカン便」・「ゆうパック」統合 いやなら”転籍”は断ることが出来ます


どの企業にとっても利益を上げる事は最重要事項です。しかし、利益を上げていかねばならない理由の一つは、会社のために働いてくれている何百人・何千人という従業員とその家族の生活を守っていかないといけないからです。

経営者の私腹を肥やすためではありません。

この統合の本当の経営目的は何かわかりませんが、もし従業員とその家族の生活を守るためのものであれば、一番統合の影響があり、一番心配しているペリカン便従業員にもっと細かい説明があるはずですが、それがないという事はもっと個人的な利益のための統合としか考えられません。

そこらへんが総務省が指摘している「収益計画が不十分」という事ではないのでしょうか?

皆さん、全日通「言論の自由」侵害裁判でも証明されましたが、全日通は経営者の御用組合で、統合のよるパワハラ・退職強要があった場合も、決して守ってくれません。自分の身、家族の生活は自分たちで守らなければいけません。ぜひ、管理職ユニオン・関西のような、本当に労働者の権利を守るために戦ってくれる組合にご相談ください。




尼崎アスベスト裁判 第3回口頭弁論の報告
遅くなりましたが、尼崎アスベスト裁判第3回口頭弁論の報告をさせていただきます。

 9月24日(金)午前10時30分、神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で、第3回の口頭弁論が開かれました。

 たくさんの書面の確認の後、遺族のKさんから次のような意見陳述がありました。

≪夫は、1954(昭和29)年6月から1963(昭和38)年7月に退社するまで9年余り日通尼崎港支店でトラック運転手として働きました。私たちは1956年(昭和31年)4月25日に結婚。作業服は、白っぽい埃で真っ白。私が洗濯していました。アスベストの粉塵を浴び続け、私も吸い込んでいました。日通を退職後、阪神バスの助役を勤め、そのあとシルバー人材センターで働きました。1999(平成11)年10月に胸の苦しさを訴え、宝塚市民病院に行き、悪性胸膜中皮腫と診断されました。どのような仕事をしていたか聴かれましたが、あとで調べて、その恐ろしさが分かりました。入院し、抗がん剤で辛い毎日。2000(平成12)年に右肺全摘して退院しましたが、苦しい苦しいと酸素吸入して食事も満足に食べることができませんでした。家族の辛さは言い尽くせません。5月に再入院し、右膿胸で呼吸困難のうちに、6月27日他界しました。その後にクボタのニュースを見て、日通で働いていたときのクボタのアスベストが原因と分かりました。労災申請し時効と言われ新法で認定されました。日通に補償を求めたところ、回答は「退職しているから補償はできない」と言うものでした。9年余り日通の従業員として一生懸命働いてきたのに・・・。「発症したのが退職後だから補償できない」といういうのはヒド過ぎます。死に至らしめた誠意が感じられません。防塵マスクなどの対策をとってくれませんでした。クボタも許せません。・・・≫

 閉廷後に簡単な報告集会が持たれ、まず弁護士から「①慶弔見舞金②知見論(いつごろ発病か)③労災関係の証拠を提出した。クボタ以外にアスベストの曝露はないことを立証する」と話され、支援する会から会員が110名4団体になったこと、次回も意見陳述がある、このあと日通大阪支店前でビラまきをする、これからも多くの人に知ってもらって支援してもらう、と報告がありました。そして、全日通労組言論の自由侵害梅川裁判が翌日25日に判決、日通航空いじめ自殺大橋裁判が10月19日に結審なので各原告から支援要請がありました。SD裁判も翌日9月25日に結審ということもあり開廷前に傍聴参加者に多くの署名をいただきました。

 次回は、進行協議が12月3日で、弁論が12月10日(木)午前10時30分に神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で開かれます。
大橋家裁判 判決の日が決まりました
長男です。

昨日、結審が無事終わりました。被告側・原告側双方が提出した最終弁論書の内容は後日掲載したいと思いますが、今日はわざわざ平日なのに傍聴に来て下さった人たちにお礼を申し上げたく、更新させていただきました。

毎回、傍聴のために、遠いところからいらしている人は会社をわざわざ休んで来てくださったり、本当に皆さんの支援の気持ちが伝わってきて、感謝の気持ちでいっぱいです。傍聴席は整理券を配らなければいけないほど、満席になり、私たち家族はどれだけの人に支えられているのか実感し、本当に感無量です。

父は生前、友達は多い方ではありませんでしたので、こうやって父のためにたくさんの人が忙しい時間を割いて来てくれた事に、天国の父はどんな顔をしているのかと思うと、ふと笑顔になります。きっと、みんなに迷惑をかけた事に対して、申し訳なさそうで、照れ隠しをし、困ったような顔をしていると思います。そして、心の中ですごく喜んでいると思います。

本当にありがとうございました。

判決は2010年2月15日です。

いよいよ私たちの裁判の判決が出ます。6月の証人尋問の時には、10月19日に結審し、年内に判決が出るという事でしたが、来年まで持ち越しになりました。

2010年2月12日は父が生きていれば60回目の誕生日です。ぜひ、「父の名誉回復」という最高のプレゼントが贈れればと思います。


大橋家裁判 いよいよ10月19日に結審です
長男です。

いよいよ来週10月19日は結審の日です。2006年7月に訴訟を起こし、長かった戦いも一つの節目に来ました。

SD労働契約違反裁判や全日通「言論の自由」侵害裁判での被告日通の裁判に対する姿勢を見ていると、和解には一切応じず、原告が勝訴しても控訴し、つねに戦う姿勢を見せていますので、私たちもどういう判決が出ても、これで終わりだと思っていません

父の自殺は会社の原因ではない、病気の治療のためにうつ病に罹患し、それが原因で自殺をしたと主張している会社に対して、自殺の原因はいじめ、パワハラ、C型肝炎という病気を持っている父を排除しようとした会社が作ったんだと、どれだけ時間がかかっても証明したいと思います。

お金のために戦っているんではない、何もできなかった父への最後の親孝行のために父の名誉を回復したいだけです。

幸い、一緒に日通と戦っている原告の方たちから心身に負担がかかる長期戦の戦いをどうすればよいかのアドバイスはつねにいただけます。

会社は何が目的で結論を出すのを長引かせているのわかりませんが、何年でも戦ってみせます

人は家族を亡くした悲しみ、不当に奪われた家族の命に対する怒りの感情はなかなか風化しません。とくに怒りの感情は、目的を達成するための大きな推進力になります。

組織力、社会の影響力は小さいですが、インターネットという大きな武器がある以上、戦い方はいくらでもあります。父が納得する結末が出るまでがんばりたいと思います。

結審は10月19日月曜日10時から大阪地裁1010号廷 であります。結審は双方から最終弁論書を受け取り、一度これで審議を終わります、という事務手続きだけで、白黒はっきりする判決の日はこの日に決まります。年内に判決が出るという事でしたが、さあ私たちの第一審の結末はいかに!
全日通「言論の自由」侵害裁判
全日通裁判を支える会から届いたニュースを掲載いたします。

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 いよいよ待ちに待った判決の日、9月25日(金)午後1時05分、30人余りが傍聴する緊迫し張り詰めた雰囲気の中、裁判長が入廷し、「判決、主文、一、被告は、原告に対し、金50万円及びこれに対する平成20年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え」との声が法廷内いっぱいに響き、静かだが心のこもった拍手が自然と湧き起こりました。勝利の瞬間です。
組合側は弁護士さえも来なくてゼロ人でした。

 喜びがあふれる法廷を出てから、原告の梅川さんは皆さんからの祝福の言葉と握手責めにあっていました。判決文を受け取り、梅川さんは、新聞記者に取材を受けながら、近くの森博行法律事務所に行きコピーを撮ってもらって、裁判所1階の持ち合い室に戻り、皆さんの前で「組合民主主義の趣旨にかんがみて、組合内部における選挙運動においては、表現の自由が最大限に尊重されなければならない。・・・本件各削除行為は、原告が各選挙において自らの意見等を表明するという人格的な利益を侵害するものであり、過失があると認められるから、原告に対する不法行為に該当する。」と裁判所の判断の核心部分を読み上げると、おおきな万雷の拍手が巻き起こりました。

 提訴から1年半、多くの方々の支援に支えられここまで来れました。判決から2週間以内に控訴しなければ確定しますが、組合がどう出て来るか分かりません。

 今後は、不法行為の実行者である組合役員と選挙管理委員に、賠償金等の支払いと罷免を要求したいと、梅川さんが言っていました。

懲りない組合
★なんと!判決の日に、「梅川さんには被選挙権がないよ」と言う通知が来ました。そのため役員立候補届が受理されませんでした。
★2年任期の満了日を勝手に定年退職日の1日後に設定する(1日足りないと言いたい)汚い新手を使って来ました。
★また、裁判になりそうです

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日通SD労働契約違反裁判控訴審・結審
 大阪高裁84号法廷で、9月25日(水)午前11時30分の予定を少し過ぎ、まず担当の女性裁判官から弁論準備がされたあと、3人の裁判官(担当裁判官以外の2人は4月に交代)のもと口頭弁論が開かれました。

 会社側が提出期限の9月18日付けで事前ファックスもなくいきなり結審の前日である9月24日に準備書面と書証が郵便で届き、当時の課長の意見書の内容が原告のFさんに対する個人攻撃で占められ、事実に反することで反論が山ほどあり、今回が結審で反論の機会がないので却下を求めたところ、調書に記載し判決の中で採決すると裁判長より判断がありました。また、ここに至って会社側は、賃金請求額が8301円違っていると言ってきましたが、証明できるものを提示されておらず、賃金明細書から計算しているので訂正しないと言い返しました。

 そのあと、原告のFさんから次のような意見陳述がありました。

 「2000年3月、所属する日通淀川運輸の社長や移行先の日通の支店長達から、『給料、ボーナスは今までどおりの金額を支払う、退職金はなくなるがそれくらいは歩合で稼げる。ペリカン便を盛り上げていこう!』と言われ、それを信じて約30名が移行しました。しかし3ヵ月後に給料が激減し、会社に聴くと『組合中央と会社本社間で決まったことでどうしようもない』と言われ、組合にも助けを求めましたが、『来年4月に組合加入してもらう。もう少しの辛抱』と言われました。昨日会社側から届いたF氏の意見書はまったく事実に反します。その中で、“複数人の集荷を1人が集荷したようにして歩合を稼いだ”と攻撃していることについては、会社ぐるみで他のグループがしていたのがわかったので、私たちが支店長や次長に抗議しました。すると次長は『同じようにしたら』と言ったので、弱い立場の人を少しでも助けようと始め出すと『あそこはがんばってるからいいが、おまえらはアカン』と言ってきたのです。私たちが始めたように言う、このような中傷はやめていただきたい。私は会社の言葉を信じてきました。日給7200~8000円でどうして家族3~4人が生活できますか?聞いたことは聞いた、聞いてないことは聞いていないのです。家庭を壊されました。」

 この陳述の間、会社側の弁護士はバツが悪そうに渋い顔で天井を仰ぎ見ながら聴いていました。
弁論終結後、弁護士から「中傷の意見書などを昨日着で郵送してきた。デタラメな対応。原告の請求の変更に8301円多いと細かいことを言ってきたが現実に支給されている金額で計算しているので訂正しないと言い返した。中傷の意見書を書いた男は不正やサボするけしからん奴らしい。反論できる公正な扱いができなければ証拠を採用しないという条文がある。判決文で記載すると裁判長が言った。Fさんも意見陳述で反論した。裁判官は聴いてくれていた。『ここまで辿り着いた。ここまで来て誰が助けてくれるのか?裁判所しかない。聴いたことは聴いた、聞いてないことは聴いていない』とFさんが言った。」

 そして、日通相手の裁判が多く起こされているなか、SD裁判の署名活動の要請と全日通労組言論の自由侵害裁判がこのあと判決なので、引き続き傍聴参加のお願いがありました。

 次回は判決で、12月16日(水)午後1時15分、大阪高裁84号法廷で言い渡されます。
事件の報道記事 「日通労組に賠償命令-大阪地裁判決」
コメントを投稿していただいた方から教えていただいた毎日新聞の報道記事です。

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http://mainichi.jp/select/science/asbestos/news/20090926ddn041040013000c.html

 日本通運(本社・東京都)の労働組合の役員選挙に立候補した男性が、選挙ビラからアスベスト(石綿)労災などに関する記述を削除され、言論の自由を侵害されたとして、労組に慰謝料など150万円を求めた訴訟で、大阪地裁は25日、男性の訴えを認め、労組に50万円の賠償を命じた。内藤裕之裁判官は「組合民主主義の趣旨を踏まえると、表現の自由は最大限保障されるべきだ」と述べた。

 原告は神戸市灘区、梅川正信さん(58)。判決によると、梅川さんは07年8月、日通社員でつくる全日通労組大阪支部の役員選に立候補。その際、社員の自殺を「病気を理由に退職を迫られたのが原因」として社を提訴した遺族を支援する方針を、選挙ビラに記載した。しかし、労組が設置した選管は「内容が不適切」などとして、同意を得ずにこの部分を削除して組合員に配布した。

 また同年9月、支部の別の役員選に立候補した際も、遺族支援に加え、石綿の荷受け作業などをしていた元社員が中皮腫で死亡した問題に取り組む方針を記載したが、選管は再びこれらを削除した。梅川さんはいずれの選挙でも落選した。

 判決は、選管が削除できるのは「事実無根や中傷表現など、言論の自由の乱用に該当する場合に限られる」と判断した。梅川さんは「当たり前の主張が認められた」と話した。一方、全日通労組大阪支部は「判決を聞いていないのでコメントできない」とした。

 正社員労組の問題に詳しい龍谷大の脇田滋教授(労働法)は「アスベストや社員の自殺などは労組が取り組むべき問題だ。会社から自立していない正社員労組の問題点が分かる」と指摘した。

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日通労組裁判の勝訴の反響について
長男です。

みごと勝訴を勝ち取った全日通「言論の自由」侵害裁判ですが、このブログを訪問して下さっている皆様もお気づきだと思いますが、とにかくすごい反響です!訪問者の数、コメントをして下さっている数も通常の倍以上で、どれだけたくさんの人がこの裁判の結果に関心を持っていたかがわかります。

日通労組=会社の御用組合

誰もが実体験からわかっていたものも、役員選挙という重要な場面にて、公平な立場であるべき選管が、会社が不利にならないように、情報操作をした事がこの裁判で社会的にもわかる形で明らかになった事に、私を含めてたくさんの方は興奮を覚えているのではないかと思います。

とにかくこの勝利は、私達大橋家にとっても、他の日通と戦っている原告の方にとっても、そして日通現役社員にとっても、大きな意味があります。すこしずつでした、物事は良い方向に向かっているのではないかと思います。

コメントを下さった方が「本当に社名に日本と付く会社は旧態以前の体質を変えられないのだと思う。」と書いていましたが、私もまったく同感ですが、法の下に日通の実態が社会的に明るみにで、それがいろんな意味でも抑止効果となって今後の改善につながってほしいと切実に思います。

最後になりましたが、いつもブログを見てくださって、コメントを書いて下さる方、誠にありがとうございます。これからもご支援のほうをよろしくお願いいたします。

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