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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
判決文の内容 「争点に対する判断・インターフェロン治療とうつ症状その他の副作用に関する医学的知見につい て」
「争点に対する判断・インターフェロン治療とうつ症状その他の副作用に関する医学的知見につい て」

1,甲42の1ないし3,乙3)によれば,以下の事実が認められる。

(1) インターフェロンは,平成4年にC型慢性肝炎に対する健康保険適応が広がり,急激に使用頻度が増大したが,それに伴い,うつ症状を含む様々な副作用が指摘されるようになっている。 一般的な副作用としては,ほとんどの例で感冒様症状(発熱,悪寒,頭痛筋肉痛,関節痛,全身倦怠感等)があるとされる他,白血球・血小板の減少脱毛,蛋白尿等もみられる。

2) 副作用としてのうつ症状ないし精神症状の発症頻度は,文献によって数値にばらつきがあり,0.1ないし5パーセント程度とされるが,5パーセント以上とする報告もあることを紹介する文献,1ないし2パーセント(うつ病は1パーセント以下)とする文献,また,数パーセントから65パーセントと報告によりさまざまであることを指摘する文献などがある。多くの場合,不眠,焦燥,不安などの前駆症状があり,続いて抑うつ,無気力,自発性低下,興奮,多弁,幻覚,妄想,集中力低下,記憶力減退,不安症状,パニック発作等多彩な精神症状がみられ特徴的な症状としては抑うつ気分焦燥,不安,希死念慮などがあるとされる。

3) うつ病を含めた精神症状の発症時期は,投与開始から2週間ころから数か月後まで様々であるとする文献もあるし,投与開始後1ないし8週の間に発症することが多く,抑うつ気分に関しては,投与開始4週後に明らかとなる例が多いとして,前駆症状である睡眠障害は投与開始2週以内に出現することがほとんどであることを指摘する文献もある。

4) うつ状態は,インターフェロンの中止又は減量で軽快する。しかしながら,インターフェロン中止後もうつ状態が遷延する例が少なからずみられ,高度になると,長期間の向精神病薬投与が必要なこともあるとされている。出現機序について,インターフェロンの薬理作用以外の外的要因によるものも考えなければならないが,臨床的に厳密に区別することは難しく,精神症状に対する要因別分類には限界があるとして,①臨床疾患(精神疾患の既往),②人格障害,③一般身体疾患(インターフェロン治療を受ける患者が有する悪性疾患や肝炎について,経過や検査数値が思わしくないことによる影響 ),④心理的・社会的・環境的問題(患者という立場,家庭の受け入れ,社会的な立場の変化,入院という慣れない環境,経済的な事情等,心理的・社会的・環境的要因が多様に変動することが,多かれ少なかれ抑うつ気分に影響を与えること),⑤機能の全般的評定(患者の心理的・社会的・職業的機能を評価して,治療の計画,効果,転帰の判定に役立てること)など,全体を考慮したうえで,インターフェロン治療患者の抑うつ症状の出現機序を評価することが大切であると指摘する文献もある。
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日通ペリカン便偽装請負裁判 第3回弁論準備(通算第5回期日)報告
日通ペリカン便偽装請負裁判 第3回弁論準備(通算第5回期日)報告が届きましたので掲載いたします。

 旧城東ペリカンセンター偽装請負裁判の第3回弁論準備が大阪地裁716号ラウンド法廷で3月15日(月)に午後2時15分過ぎから始まり、出席は会社側が弁護士1名と関係者傍聴1名、原告側は本人・弁護士2名・傍聴6名で法廷は一杯になりました。

 前回に裁判長から「もう主張が出尽くしていると思うが--」と投げかけがあり、被告日通側は「すでに労働時間については書いた、今度は賃金、いや請負代金について書く」、原告側は「主張は一通りした」と答えてました。
原告側から次回は傍聴が出来る法廷を要望し、4月28日(水)午前11時40分、大阪地裁809号法廷で口頭弁論を開くと決定。

 なお、裁判長は次回弁論のあと(和解の可能性で)「事情を聴きたい」とのことでした。
そのあと裁判長が「個別の事情を聴きたい」と代理人弁護士のみと別々に和解の可能性を探る話しがありました。
弁論準備が終わってから、弁護士が次のように解説されました。

 「裁判長は『和解はどうか?』と言った。しかし、基本的に日通との雇用関係があるのが前提。大きな事実関係に違い(争い)がない。『筋を認めろ!』という話しだから変に和解は出来ない。」

 いよいよ佳境に入ってきましたから、原告は次回からはたくさんの傍聴参加が出来るように法廷での弁論を要望するそうです。たくさんの傍聴参加よろしくお願いします。

管理職ユニオン関西と共に勝取った勝訴
管理職ユニオン機関紙の記事‏に掲載された次男の記事です。

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管理職ユニオン関西と共に勝取った勝訴

最初に、昨日の2月15日 私たち大橋家が日通に対して起こした訴訟「日通安全配慮義務違反裁判」の一審で勝訴の判決が下った事に、今まで様々なご支援頂きました組合員の方々に厚くお礼を申しあげます。

今まで本当に有難うございました。

思えばこの戦いは正義感溢れる管理職ユニオン関西の組合員と共に歩んできた険しい道でした。今でも鮮明に覚えている2004年7月28日、亡き父と母と二男である私の3人で管理職ユニオン関西を訪れ、当時すでに激しい退職勧奨にさらされていた父の相談を仲村副委員長にのって頂きました。バイタリティーと正義感に満ち溢れた仲村さんのお話に心打たれ、即日組合へ加入をしました。

そこから私たちの長い闘いは始まりました。争いを嫌う父は組合加入の通知を送ることにより、一層の退職勧奨が激しくなるのではと恐れ加入後、しばらく通知を出しませんでした。そんな中会社からの退職勧奨は一層激しくなり、うつ病を発症し入院にまで至りました。その間も多忙な中、仲村副委員長を筆頭にいろんな組合員の方々に相談にのって頂きました。しかし残念な事に一時回復に向かっていたうつ症状も上司の度重なる過度の叱責や圧力により父は自殺に追い込まれてしまいました。

「真実を知りたい。」父から聞いた退職勧奨や上司の言動がどういうことなのか説明を受けるべく、管理職ユニオン関西の協力の元行った2回の団体交渉では、仲村副委員長を軸に日通側に厳しい質問をし、問題を指摘して下さいましたが、まったく誠意のある回答は得られず、やむなく法廷の場で争う事になりました。この裁判が始まって以来、日通の悪質かつ陰湿な体質をたくさん目のあたりにする事がありました、その度に今もなお日通で同じような境遇にある仲間の人や、会社は違えど同じ様な不当な扱いを受けている一般の方や組合員の方々を思い、是が非でもこの裁判を闘い抜かねばと家族で励ましあってきました。皆様から頂いた多くの支援にも支えられてきました。皆様のご協力があって実現した私たちの活動中には先にも挙げました2回の団体交渉や、日通株式総会会場で行われた2回の抗議活動、日通本社前での抗議チラシの配布などたくさんあります。

こういった皆様の支援の積み重ねが、今回の裁判の勝訴へと導いてくれたと信じております。日通側が控訴してくるかはまだ分かりませんが、控訴してくるのならばこちらも一層の強い思いで臨むつもりでありますので、その時は引き続き皆様のご支援をお願いしたいと思っております。

新聞記事などでも多く報道されたこの意味のある勝訴は、長きに渡って私たち大橋家を支えて頂きました管理職ユニオン関西の方々と共に勝取った大きな勝利であると思っております。

重ねて組合員の方々のご支援やご協力、心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

日通安全配慮義務違反裁判 原告 大橋 和広


尼崎アスベスト裁判 第5回口頭弁論の報告
尼崎アスベスト裁判 第5回口頭弁論情報が届きましたので、掲載します。

 3月11日(木)午前10時30分、神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で、第5回の口頭弁論が開かれました。傍聴者は今回も法廷一杯でした。

 書面の確認の後、遺族であるMさんから意見陳述がありました。

 ≪夫は、昭和43年12月~52年12月まで9年間、日通尼崎港支店のトラック運転手として、日通大物車庫の大プラットホームに4トンや小型者搬送業務をしていて、47年から数年間、アスベスト業務をしていました。
夫が私に話したことによると、「屋根付きプラットホームにアスベストを保管するため、海上コンテナーからトラックに載せ、階段状に積み上げ、1m四方20cmの袋すべてがビニールで覆われてはなくアスベストがこぼれていた。週に2~3日あり、数名で卸してホームに積み、2~3時間。2~3台で運んだ時は丸一日かかった。1台に5~6人、道具無くクビにタオルをまき、ホームは風通しが悪く粉塵がもうもうとしていた。」夫は手が赤く腫れ、風呂に入っても痒みが取れませんでした。作業者には危険とは知らされず作業していました。

 夫は、平成13年6月に健康診断で異常が見つかり、悪性胸膜中皮種と診断されました。辛い闘病生活、2ヶ月抗がん剤、見る見るうちに痩せ細り、平成13年8月に肋骨も3本取る大手術、週2回抗がん剤、入退院の繰り返し、平成15年1月28日の57歳の誕生日を病院で迎えケーキを食べ----、(当時を思い出されたのでしょう---しばらく言葉を詰まらせておられました)。平成15年3月20日に死去。1年10ヶ月の辛い闘病生活でした。

 日通と5回話し合いましたが、“部外者”と言われ、まったく誠意が感じられません。アスベストに携わったことも証明してくれません。日通は社会的責任を果して欲しい。≫

 次回の弁論は5月27日(木)午前11時、尼崎支部(3階)1号法廷。

 弁論が終わって、弁護士から解説がありました。

「日通は『自分ところは分からない』と簡単だが、クボタは『日通に依頼してアスベスト運んでもらっただけ、倉庫に入れていない。袋は破れていなかった。短い時間で作業していた。』などと詳細な反論をしている。一生懸命協力していただいている元同僚の陳述書や法律論の準備書面で反論して行く。」

 司会の方から、「昨年の提訴から1年過ぎて、更なる支援を」と要請があり、全日通労働組合の役員選挙で選挙ビラの意見を削除された言論の自由侵害裁判に地裁も高裁も完全勝利した梅川さんから、「本日先ほど、全日通労組が最高裁に上告したと連絡がありました」と報告され、最後に、意見陳述されたMさんから「5人の意見陳述が終わりましたが、これからなので、よろしくお願いします。」と一言ありました。
全日通労組労使一体パワハラ裁判 第1回口頭弁論の経過
全日通労組労使一体パワハラ裁判 第1回口頭弁論の経過情報が届きましたので、掲載いたします。

 2010年1月28日に提訴し、初めての弁論が3月8日に神戸地裁215号法廷で午前10時15分から開かれました。原告側弁護士は梅川裁判控訴審と同じ森博行氏と小谷成美氏の最強コンビです。組合側は弁護士さえも1人も出席していませんでした。傍聴4人と少なかったのですが、次回から本格的に始まり多くの傍聴参加を願っています。

 裁判官が「来週に結論を出す」と言ったことしか分からず、弁論は2~3分で終わり、森博行弁護士に解説をしていただきました。

 「組合相手の裁判の第1弾は梅川さん、第2弾はSさん。1千万円の請求。Sさんは神戸出身、大学新卒入社、旅行部門で仕事、米同時テロがあった2002年から縮小大リストラ、和歌山1年半→白浜→仙台と配転、組合は遠隔配転にお墨付きを与えた。仙台で異議ありと全日通労組にSOS、事務系なのに旅行とは関係のない仕事を2年間→技能(作業)系へ、組合中央本部に相談に行こうと年休を請求したら不承認で賃金カット、組合仙台協議会にSOS出したが何もしてくれなかった。日通本社コンプライアンス部は事務系と判断したのでそのことを職場の連絡ノートに書いたら懲戒処分、労働局のあっせん申請したところ会社側に組合協議会役員が座っていた、組合県支部委員長は「懲戒処分を受けた時に文句言わなかったやないか」と言った、係長から平社員に降格、組合にSOS発したが無視、やむをえず労働審判に訴え①年休②懲戒③降格の問題で全面勝利、地裁も全面勝訴、高裁で退職は余儀なくされたが全面的勝利和解。リストラに応じなかったので自主退職に追い込んで行くやり方で、会社としては目的に達したと言える。

 そこで組合の問題、最後のSOS、闘い続けるため全日通に団交やストライキを要請したが、係争中だからと拒否をした。仕方なく二重加入していた管理職ユニオンから団交し和解までの10ヶ月弱をストした、その闘争資金をもらえなかった損害、全日通へ責任追及という法律的な理屈は加入契約、労働組合は闘う団体、不利益処分の改善で団交してくれストをしてくれと組合員が言ったら応じる義務がある、その義務を果たしていない、義務違反、債務不履行で時効は10年。

 全日通労組は提訴を受けて、将来の証人など関係者がほとんど仙台に居てるから仙台に裁判を移送しろと言って来た、全日通は全国にある大労組、資力もある、片やSさんは苦境、当事者間の公平を考えると神戸ですべきだと先週の金曜日(3月5日)に意見を提出、反論を待って来週の頭(3月15日頃)に判断される。」

 終わってから、原告と一緒に全日通の兵庫県支部におじゃまして、委員長さんたちにこの裁判と梅川裁判とJPエクスプレス雇用問題の活動などについて報告し、ご理解を頂きました。

 次回は、決まり次第連絡します。

判決文の内容 「主文」
遅くなりましたが、これから何回かに分けて判決文の内容を掲載していきたいと思います。

「主文」
1 被告は、原告大橋錦美に対し、金xxx万円及びこれに対する平成19年8月10日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告大橋和正に対し、金xxx万円及びこれに対する平成19年8月10日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告大橋和広に対し、金xxx万円及びこれに対する平成19年8月10日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、それを15分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

6 この判決は、第1ないし第3項に限り、仮に執行することができる。


全日通労組が最高裁に上告!、、?
『全日通労組役員選挙言論の自由侵害裁判』を支える会からの記事を掲載します。

 組合役員選挙(「職場の労働問題を取り上げて解決に努力します《要旨》」と記載した)ビラの意見削除『言論の自由侵害』裁判は、地裁も高裁も完全勝利し、さすがの連合副会長を務める山浦正生全日通労組委員長も反省して、組合費を更に無駄に使うことをせずに、まともな組合になることを目指してくれるものと期待していましたが、高い組合費と会社の抑圧に苦しむ組合員の願いを裏切り、最高裁に上告してきました(3月11日)。どこまで、労働貴族として自らの保身と私利私欲のために、組合員と日通で働く労働者を裏切り、独禁法違反やJPエクスプレス解散などの問題を起こした日通の川合正矩社長を筆頭とする経営陣を追及せず、労働組合を私物化して精一杯切れんばかりに尻尾を振って援護すれば済むのだろうか?!日通も非常識なら全日通労組も輪を掛けて非常識で、ただただ呆れるばかりです。原告の梅川正信さんも日通の社長さんも組合の委員長さんも名前に同じ「正」が付いていますが、梅川さんの「正」は本物で、社長と委員長の「正」は偽物でしょう。
全日通「言論の自由」侵害裁判 控訴審も完全勝利!
全日通裁判支える会からの原稿が届きましたので、掲載いたします。

 控訴審は1月21日の初回口頭弁論であっけなく結審し、2月25日(木)午後1時15分に30人近くの大勢の傍聴参加者が見守る中、大阪高裁84号法廷で判決が言い渡されました。

 その時間帯に、多くの事件の判決言い渡しがあり、他の事件の判決を聴きながら今か今かと待っていたところ、わが事件の番が来て、梅川さんと小谷成美弁護士が被控訴人席に着席しました。
組合側は、負けを予想していたのか弁護士さえも来ておらず、責任感の無さがここにも現れています。

 「判決、主文〟本件控訴を棄却する〝」―。裁判官の声が聴こえたとき、梅川さんは、「よしッ!」と思わず拳を挙げて喜びを表していました。そして、みんなの祝福の握手攻めに遭っていました。

 判決言い渡し後、場所を弁護士会館に移して勝利報告集会を開き、小谷弁護士から判決の内容について「組合の追加主張も排斥する進んだ判決で、意見削除は選挙規則にも反している。当選することだけでなく意見表明する利益がある。別の組合への二重加入は関係ない。と判断しています。」と、他の事件があり途中から来ていただいていた森博行弁護士からも「判決の『別の労働組合に加入してるから損害が生じないとは言えない』は地域ユニオンへの二重加入を促進しているようにも思える。」と嬉しい解説がありました。

 そして、沢山の方々から意見や質問、梅川さんから「その後も組合は、私に被選挙権がない、選挙告示を立候補締め切り後に届けるなど、手を変え妨害をしています」と報告がありました。

「当時の役員を訴追するぞ !」

組合が上告しても最高裁は受理しないでしょう。それでも、面子でするかもね?
★賠償金や弁護士費用は皆の組合費から払わせないぞ!
★民主主義否定の違法行為は組合規約違反

大橋家 安全配慮義務違反裁判 日通は控訴せず
長男です。

今朝、母から被告日通は控訴してこなかったと連絡を受けました。

先日一週間、母から送られてきた判決文を見て、「こちらから控訴すべき」家族で相当議論しました。後日判決文は掲載しますが、裁判所に認められていない争点の一点がどうしても納得がいかず、ずっと家族で悩んでいました。

その一点とは、父の自殺の直接の原因を作った上司に対する安全配慮義務違反が認められなかった点です。

私は、できるだけ冷静に客観的に判決文を読みました。

争点のいくつかは認められませんでした。しかし、裁判所の判断は公平で納得できるものでした。しかし、この点は明らかに被告よりの判断で、「疑わしき者は罰せず」原則に乗っ取り、こちら側の証拠不十分のため、私たちの主張は認められず、「解雇に対する恐れからうつ病に罹患していることを前提とした処遇をしたり、自殺の危険性等も予見した対応をとるべき義務があったということができない。」という判断でした。

しかし、今回の最大の争点であった「パワハラ・退職強要は実際にあったかどうか、あればそれは安全配慮義務違反であり、さらにこの安全配慮義務違反とうつ病罹患との因果関係」は裁判所は認め、慰謝料と弁護士費用の支払いを命じました。

散々迷った結果、結局私たちは、この裁判の勝利を勝ち取って下さった弁護士先生の判断に委ねる事にし、こちらからの控訴はしないという判断をしました。

私たちはここで戦いの区切りが一度つくならそれでいいし、日通が控訴してくるなら、戦う準備ができているので、「さあこい」という心構えでした。

結果は、控訴なし。

父の名誉回復はできた、3年近い戦いにひとつの区切りがついた、という安堵という気持ちと、納得がいかない一点について戦い抜けなかった少し残念な気持ちがあります。

裁判は心身に多大な負担がかかります。とくに、最前線で戦っていた母は一番つらかったと思います。それを考えると、この戦いがここで区切りをつけれた事はよかった事なんだと思います。

また、本件については気持ちの整理がついてから、記事を書きたいと思います。
「全日通労組労使一体パワハラ裁判」の初回期日が決まりました。
 「日通仙台パワハラ裁判」は、労働審判と地裁での全面勝利を経て、2009年7月に高裁にて和解し、Sさんは退職しましたが、その前に再三、このパワハラ事件を「全日通労働組合」に相談したところ、助けてくれるどころか会社と一丸となって不当な懲戒処分や降格など退職に追い込むパワハラを仕掛けて来ました。

 Sさんは、労働審判や地裁で勝利したあとも、この事件の解決を求めて闘い続けるために「全日通労働組合」にスト権の行使を要求しましたが、会社と係争中であることを理由に拒否したため、二重加入していた「管理職ユニオン関西」からストを実施してもらい、10ヶ月近くも無給で裁判を闘い勝利的な和解が出来ました。しかし、長い間のパワハラと裁判などの闘いに心身とも限界が来ていて、やむをえず退職しなければなりませんでした。

 退職に追い込まれたのは、 組合員に対して背信行為をした「全日通労働組合」に重大な責任があります。Sさんは、「自分は退職を余儀なくされたが、労働者の雇用と権利を守るために闘うという当たり前の労働組合の必要性を訴えるために裁判を起こした」と言われています。

 第1回の期日は、3月8日(月)午前10時15分から神戸地裁215号法廷で開かれます。多くの方々の傍聴をお願いします。

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