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大橋家 日通との戦い
父は日通に追い詰められ、自らの命を絶ちました。これは父の名誉を晴らすため、日通の実態を明るみにし、次の犠牲者を出さないよう始めた、私達と日通との戦いを綴った日記です。10年2月15日に安全配慮義務違反を認定され、父の名誉を晴らす事ができました。これからは、労働問題で苦しんでいる人達と、今も日通と戦っている人達への支援を趣旨とし、運営をしていきたいと思います。
6月9日 王寺アスベスト補償裁判 証人尋問の模様
 いよいよ証人尋問の日が来ました。6月9日(水)午前10時20分から始まりましたが、本日と16日に予定されていた証人尋問の日程が変更になり、本日だけの証人尋問となり、16日はなくなりました。

 最初午前中は原告の吉崎和美さん(アスベスト禍で亡くなられた元日通社員の娘さん)、そして午後からはニチアスの現職課長が証人に立ちました。

 傍聴席が一杯となり、立ち見が出来なので、数名が傍聴できませんでした。

*原告に対する日通側の反対尋問は、
高野弁護士:「労基署からアスベスト関連所見が確認されない、組織生検が必要と言われて、何故しなかったのか?」
原告   :「医師は生命を奪うことになるから---としなかった」
高野弁護士:「1年後に厚労省は所見を認めたが、なぜ?」
原告   :「医師から、アスベストが見つかったと連絡があったので」
高野弁護士:「1本か2本か?」
原告   :「本数は分かりません---」
高野弁護士:「労災が毎年、○○万円出てますね?」
原告   :「母が受け取ってるので--- 金額は分かりません」
と、「あやふやな所見で、多額の労災を受けているじゃないか!」と言わんばかりの尋問でした。いくら、会社側の弁護士でも、これはヒドイ---。

*原告に対するニチアス側の反対尋問では、
支援組織について、病気入院で法廷に証人として来れなくなった元ニチアス社員の「日通社員が倉庫で作業していた」と言っていたことについて、口述パソコン訳(父が口述し、娘がパソコンに入力)の内容について、などなどの、意地悪な尋問をしていました。

*裁判長から促されて、母や姉の思いを、和美さんが次のように述べられました。
「母は、睡眠剤を飲まないと眠れません。20年以上の闘病で父を頼りに生きてきました。父の喪失は言葉で言えません。パパが生きていたらもっと安心しておれたのに---。父は母の介護を気にかけていて、最後の外泊の時に『仲良くして欲しい』と言われました」
「姉は、『やっと生まれた孫なのに、一緒におれる時間がなかった』」と---。ほとんど涙声で、聞き取ることが出来ないくらいでした。

*ニチアスの現職課長に対する反対尋問では、
「引き込み線は記憶にない」「麻袋に入ってビニールのダブル梱包だと、上司に聞いた」
「原石をそのままラインに流す。手ガキで穴開いてたのは見たことはない」「石綿は麻袋に入ったままパレットにハイ積みしていたが、高さは分からない」「青石綿はなかったと聞いている〈---実は、後で青石綿を使っていた証拠を指摘された〉」「運搬は記憶になかったから数回と言った」「第4倉庫の詰所に4つくらいの机があったが、Sさんと吉崎さんがそこのストーブで暖を取っていたことなどはなかった」「運送業者の机は、見たことない」「ニチアス従業員はマスクを必要に応じてしていた」「第5倉庫ではホコリは立たない」「日通社員はマスクをしていない」などと課長は答えていましたが、自らの陳述書や総務や元社員が言ってることと食い違っているのを指摘されて、シドロモドロになっていました。また、石綿主原料の検収は、別のニチアス社員が行なっていたにもかかわらず、その者は証言に立たず「自分は会社に一番良く知るものとして“抜擢”されて証人になった」と言い、吉崎さんが常駐して作業していなかったことは間違いなくハッキリ覚えているが、他の不都合なことは「記憶にない」と言い、矛盾を突っ込まれると「実際見ていない、そのように聞いた」などと白状し、聞いただけで自分が実際に確認していないことでも「間違いない」といい切る(伝聞は証拠にならない)、ウソ丸出しの証言でした。

*裁判官の質問では、
「日通以外の他の業者も机は設置されていなかった」「ロッカーはニチアス社員のものを使っていた」「マスクは必要に応じ支給されていたが、どう言うときに使えと言われたか覚えていない」「アスベストは身体に悪いとは考えなかった、あぶないとは分からなかった」「自分は当時、副資材の入庫担当で、第5倉庫の主原料の検収担当ではなく、実際はやったことはないが見たことはある」「ハイを数えるのは、実際していない」「マスクをする指導などは覚えていない、アスベストを含んでいたはずと言われたらアスベストの埃を含んでいたかも--」「引き込み線あったことは聞いているが、話題にもなかった」「机はなかった」「ビニールは見ていないが、上司が当時を振り返って話したことを最近確認しているので、ビニール梱包は間違いない」と課長は答えていましたが、マスクをする意味は分からないや、埃にアスベストは含んでいないと強調する余り、ウソがばれました。

証人尋問が終わり、報告集会が行なわれました。
・弁護士「証人4人の予定が、高齢や入院などで来れなくなり、2人だけになった」「故吉崎さんが闘病中に書いたものや労災申請で準備したものを書面提出した」「ニチアスの証人はウソを言ってると裁判官も分かったんでは」
・和美さん「父から聴いたことしか言うことがない。真実を言った。ここまで来るまでよれよれ。弁護団先生、みなさんありがとう」
・赤井さん「日通の弁護士はニチアスの証人を窮地に追い込んでいるようだった。責任のなすりあい?」
・弁護士「日通に責任ない、と言いたいでしょうから」
・故吉崎さんの弟さん「ご支援でここまで来れました、ありがとう。ニチアスの証人は、日通は倉庫に入っていない、机はない、埃は立ってない事は、明確に覚えていると言いながら、マスクの事ではいい加減、ニチアスの課長では--」
・お姉さん「死の間際まで父が記録を残してくれた。『妹が』眠れない中で長い陳述書を書いた」
・最後に、全日通労組「立候補の自由」裁判、尼崎アスベスト裁判、アスベスト労災不支給裁判、SD裁判、泉南アスベスト裁判、を闘う方々から、簡単な報告がありました。

 一日がかりの証人尋問が終わり、次回は結審(弁論終結)で、最終準備書面提出や進行協議を経て、10月27日(水)午後3時30分、大阪地裁1010号法廷で開かれます。
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日通 神戸うつ自殺安全配慮義務違反裁判 第1回控訴審の報告
 5月27日(木)午前10時から、第1回目の控訴審が大阪高裁81号法廷で開かれました。

 神戸地裁で和解の動きがありましたが、日通が非を認めないため決裂して判決言い渡しとなり、不当にも訴えが認められず敗訴したため控訴して今回の弁論となりました。

 裁判長から、双方書面の確認の後、昨日になってやっと日通側から答弁書が提出されたので、今後反論の主張がある控訴側(Kさんの遺族)弁護士に「控訴理由書の44頁~第7項1~6が、安全配慮義務違反の具体的中味と言うことでいいですか?〈7月15日にうつ病診断~休みを取る、取らせないの経緯~異動の内示~7月1日に異動~10月復職〉の流れですが、復職させるについての安全配慮義務、復職させた後の安全配慮義務、診断されたあと直ちに発生する安全配慮義務とは何か?病気になれば配慮は当然ですが、自殺を防がなかったことに安全配慮義務があったのか?因果関係を念頭に置いた主張をしてほしい」との要請があり、書面提出期限を控訴人側は主張を7月20日まで、被控訴人(日通)はその反論を8月27日まで、次回弁論期日を9月2日(木)午後1時15分に大阪高裁81号法廷で開く、と決められました。

 次回で結審になる可能性があるので、ぜひ、多くの方々の支援の傍聴をお願いします。

全日通労組労使一体パワハラ裁判 第2回口頭弁論の経過
 神戸地裁に提訴したところ、被告全日通労組から仙台地裁に移送するよう要求がありました。しかし、神戸地裁で裁判を行なう事が決定されました。

 そこで、5月31日(月)午後1時15分から神戸地裁215号法廷で第2回目の口頭弁論が開かれました。

 原告の提訴理由が5項目ある内で、和歌山から仙台へ遠隔地配転の際には「組合はちゃんと対処している」と言う被告反論の一つが出ているだけで、肝心の仙台での『労使一体パワハラ』についての4項目に対する反論がまだ提出されていないので、裁判官から聞かれて、被告側は「次回に宮城支部に出向いて7月初め位までに反論したい、次々回には原告の再反論があると思うので、あと2~3回ですかね」と答え、原告側は「残りの4項目の被告反論を待って反論したい」と応じていました。

 次回は弁論準備で、7月13日(火)午前11時30分から、原告側は神戸地裁に出向きますが、被告は東京の弁護士なので電話での会話になります。

 弁論が終わってから「1月28日の提訴から今日の5月31日まで時間が十分すぎるくらいあり、仙台地裁でやりたいとゴネた割には、これから仙台に行って聴取するとは、いい加減やね~、全日通得意の引き延ばし作戦ですかね^?」の感想が出されました。

尼崎アスベスト裁判 第6回口頭弁論
 5月27日(木)午前11時に神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で、第6回目の口頭弁論が開かれました。法廷は傍聴者で今回も一杯でした。

 今回は意見陳述がなく書面の確認だけで3分ほどで終わりました。

 そして、裁判所の敷地内でミニ報告集会が持たれ、先ず弁護士から「『アスベストの就労はちょっとの時間だけで病気になる程ではない』などと言うクボタの主張に『何回も運んでいる、』などと反論し、『日通社員でありクボタの直接雇用でないから責任がない』や論文の評価などについても反論した。日通の反論はクボタに“おんぶに抱っこ”で独自主張がない。泉南アスベスト裁判は大阪地裁が国の責任を認めた。企業も国も同じレベルで責任があるから賠償請求額を全額払えと判決が下った。国は1960年に塵肺法で規制している。企業はもっと早くから危険性を知ることが出来るから対策ができたはず。日通は知見論で主張しているがアスベストで認められた判例はない。」と解説があり、その後に、K(元、全日通労組尼崎分会委員長)さんから、「示唆に富んだ話に心強く思っている。何としても勝利して理不尽さをはっきりさせる。今後もよろしくお願いしたい」、梅川さんから「全日通労組言論の自由侵害裁判は高裁勝利判決が確定したが、今度は“被選挙権がない”と立候補の自由侵害をしてきたので新たにまた提訴した」、Aさんから「SD移籍条件契約違反裁判は地裁で勝利したが高裁では逆転敗訴。高裁は会社の主張や証拠だけを採用、賃金が大幅に下がることが解っていて移籍したとか、新人とベテランを同じ扱いにしている。最高裁に上告中」、Mさんから「夫が肺がんで亡くなった、労災認定に企業は全く協力してくれない。アスベストの危険性が解っていながら方策をとっていなかった。認定基準の緩和になればと不支給取消の裁判をしている」、そして最後に、原告のお一人から「東京へ行動に日帰りで行ってきた。これからもお世話になります」とお礼がありました。

 次回弁論は7月22日(木)午前10時30分、いつもと同じ神戸地裁尼崎支部3階1号法廷です。


日通ペリカン便偽装請負裁判 第7回期日
日通ペリカン便偽装請負裁判 第7回期日 報告

 旧城東ペリカンセンター偽装請負裁判の和解協議(通算、第7回期日)が大阪地裁の書記官室で5月26日(水)午後4時30分から行われました。

 裁判官は、残業代として前回より少しアップした具体的な金額を提示しました。

 日通は、例え小額でも残業代として判決が出たら、同じように偽装請負をしている全社に影響が大きいので、また、別の偽装請負裁判を起こされていることもあり、和解を探っているものと思われます。

 次回は6月23日(水)に書記官室で再び和解協議がされます。
全日通労組役員選挙立候補の自由侵害裁判
毎日新聞に掲載された報道記事を掲載いたします。

日通労組を提訴


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